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<36>〜<40>





<36>
「永遠の愛」
<36>「永遠の愛」

 ”ラーガ”の密葬は翌日におこなわれた。
 拓磨が、本当にそれでいいのか、唯に一晩考えて確認させたかったこともあるが、唯に近い者達を呼んでやりたい思いもあったのだ。
 東京から冬馬と大河、そしてルルとレイドも特別機で駆けつけた。
 密葬に参列したのは、式を執り行う牧師と、唯、総統、拓磨、冬馬、大河の他は五匹の犬達だった。
 ラーガの墓は屋敷の森の奥まった所に造ってやることにし、”ラーガ”をその地中深く埋葬した。
 唯が手向けた花は、紫のチューリップ…花言葉は”永遠の愛”。
 泣くまいと必死に堪えていた唯だったが、花を盛り上がった土の上にそっと置いた時、涙が零れ落ちて花びらを濡らした。
 総統は唯の両親のことまで思い出したのか、唯を抱き締めて噎び泣いた。
 誰も、たかが動物一匹、とは思わなかった。
 拓磨もずっと世話(管理)をしてきただけに、別れが辛かったようで、ハンカチで目頭を押さえる場面もあった。
 大河はこの秘密を最近知ったばかりだったが、唯の悲しみの深さを思うと、自分が抱き締めてやりたかった。
 だが、総統がずっと唯を、腕の中から離さなかったので、大河の想いは叶えられなかった。
 冬馬は葬儀の直前になって初めて、唯の秘密を知ることとなったので、余計に唯が哀れで堪らず、ずっと号泣していた。

「坊ちゃまは立派だ。・・立派過ぎて胸が痛くなっちまう。」
 中央ホールの吹き抜けの間。
 テーブルの置かれたスペースとソファーの並ぶスペースに分かれている。
 冬馬はテーブルの方に陣取り、日本酒を飲んでいた。
 お清めとしてのものだったが、グラスに注いであおるように飲んでいる。
「冬馬。」
 拓磨が牧師を玄関まで見送り、戻ってくると顔をしかめて言った。
「私はこれから総統と出掛けなければなりません。・・守り役がそんなに飲んでどうなりますか?」
「俺だって泣きたくなる時はあるぜ。参謀。今日くらいは泣かせてくれ。」
 冬馬は目も鼻も赤くして、拓磨を睨み上げた。
 拓磨は、やれやれ、と溜息を吐き、ソファーで五匹の犬達と座っている唯に視線を向けた。
 唯は静かに微笑んで、
「俺は大丈夫です。・・たっぷり考える時間も、別れる時間も貰えたから、・・今はもう動揺はしてないし、落ち着いてるつもりです。」
と言った。
 それから、
「五匹揃って、ラーガを見送れたこと・・・拓磨さんの心遣いに感謝しています。・・・冬馬さんはしっかりしてるもん、大丈夫だよ。・・大河もいるし。」
と、言って笑みをこぼした。
「俺はおまけか?」
 大河は冬馬の酌をしながら、チビチビとお猪口で酒に付き合っている。
「では、唯様。後のことはよろしくお願いします。」
 拓磨は冬馬に言おうとしていた言葉を唯に言って、仕事に出掛けて行った。

 拓磨が出掛けて、しばらく沈黙が続いた。
 心配する二人を残して九条と行ってしまったことを、やはり謝るべきだろうと、唯は思っていたが、適当な言葉が思い浮かばなかった。
「・・あの・・・日曜の夜は済みませんでした。」
 唯の言葉に冬馬が項垂れていた顔を上げ、涙目で口元に笑みをうかべると、気にしなくていい、と言うように首を振った。
 だが、大河は、
「まったくだぜ。・・何がどうなって、こうなっちまったのかも、まだよくわかんねぇしよ。あんまし勝手なことばかりするなよ。」
と、文句を言った。
 黙って許して貰うと、申し訳なさが募る。
 大河のように文句を言って貰えるとほっとする。
 唯は、冬馬も大河も好きだな、と改めて実感した。
「うん。本当に悪かったと思ってるよ。・・・それで、あれからのことも話したいと思うし、俺の部屋に場所を移して貰えるといいんだけど・・・」
「ああ。別に構わないぜ。」
 大河は軽く肩をすくめて見せた。
 冬馬も酔っていた姿勢を正して、
「わかりました。お伺い致しましょう。」
と答えた。

 唯の部屋に移動することが、唯の話そうとする内容の難しさを語っていた。
 一応、飲み物やオードブルや果物なども用意して、弔いの席のようなセッティングはされたが、メイドがそれらを置いて下がると、冬馬も大河も真面目な面持ちになった。
 唯は、さっそくとばかりに、二人と別れてからのことを、要点だけまとめて話していった。
 それと唯の方でわからなかった部分を、冬馬が教えてくれた。
 冬馬は、唯が九条と去った後、すぐに拓磨の指示を仰いだという。
 拓磨は九条のマンションを部下に監視させるように言って、すぐに特別機で駆けつけることにしたらしい。
 それで、唯が九条とマンションを出たことはわかっていたが、発信器を過信していた唯のガードをしている部下が、発信器が動かないことに気付いた時には車を見失ってしまっていたのだという。
 その辺は大河も初めて聞くことで、大河はその頃、超落ち込み状態で部屋に籠もっていたようだ。
 拓磨はすぐに、唯が東郷の屋敷へ行ったことに気付いて、空港から直行した。
 東郷の屋敷周辺には十数名の特殊部隊員が潜んでいたという。
 冬馬もあの時、特殊部隊の隊長として居合わせていたのだと言うが、唯には気付くことが出来なかった。
 それを謝ると、冬馬は笑って、
「気付かれる方が間抜けでしょう。」
と言った。
 東郷が唯を帰さない場合には、突入して救出するように、準備していたのだという。
 拓磨は、東郷が唯に『秘密結社』のことも話すだろうと、予測していたらしい。
 ショックを受けるだろう唯を、一時大阪に戻すことは、潜伏前に冬馬に話してあったそうだ。
 唯は、拓磨から『秘密結社』についての講義を延々とされたが、複雑怪奇でよくわからず、実感もわかない、と情けなさそうに告白した。
 冬馬は優しく笑って、
「それでいいのですよ。」
と言ってくれた。
 むしろ冬馬は、慈悲深い唯が潔癖なほどに『秘密結社』の存在を拒絶することを恐れていたので、これほど寛容に受け入れてくれたことが嬉しかったのだ。
 そして、唯の寛容さの奥に、自分を罪深い存在と責める思いがあることも、”ラーガ”の一件で知り、自分を罰するように苦渋の決断をした唯が、一層愛おしく痛々しく思えてならなかった。
 唯が話す東郷の妄執の内容は、冬馬も大河も顔色を変えるほどに気分が悪くなったようだ。
 だが、一方で大河は、
「唯が命令するなら、俺はどんな手術だろうと、完璧にこなしてみせるぜ。」
と言い、
「それが外科医のスペシャリストとしてのプライドってもんだぜ。」
と、不敵な笑みを浮かべた。
 唯は思い切り眉を寄せると、大河の鼻を力任せにつまんだ。
「・・ッンガッ・・・テテテテテェェェー!」
「怒るぞ!・・そんなプライドがあるか。嫌なものは嫌だと言えよ。」
「・・っんだよ。もう怒ってんじゃん。・・・鼻・・つまむ前に言ってくれ。」
 大河は赤くなった鼻を指でさすりながら愚痴った。
 唯は涙を滲ませ、
「何で、あの罪もない子達の魂を奪う行為が出来るんだ?・・・そんなのは、外科医としてどれほど優秀でも、人としての心を失っている最低の医者だ。」
と、真剣に抗議した。
「よく人の話を聞けよ。俺は勿論そんなことやりたかねぇさ。・・だから、お前が命令すれば、って言ってんだろ。」
「どうして?!」
「それが『秘密結社』ってもんなんだよ。・・・誰に罪があって、誰に罪がないか、なんてことを、本当に人に判断出来るのか?・・・罪人にだって言い分はあるだろう?利害関係が逆転すれば、言い分だって違ってくるしな。・・・だから、総統やお前っていう存在が必要になってくるんだ。」
「そんな・・・じゃぁ、俺が間違ってたらどうするんだ?!」
「それだっていいさ。お前は間違えようとして間違えるような奴じゃないからな。俺はそう信じてる。・・勿論、拓磨さんだって冬馬さんだって、そう思うだろうぜ。」
 冬馬は、そうだな、と言うように頷いた。
「他の野郎に命令されたって、そんなことやる気もしねぇ。冗談じゃねぇ、ってぶん殴ってやるぜ。・・・けど、お前が望むならそれでいいんだ。どんなことだってしてやるさ。・・・『秘密結社』の人間ならみんなそう思ってる。」
 大河はそう言うと、苦しそうに息を吐いた。
「お前をもっと自由にさせてやりたかったけどな。・・・けど、そうやって考えたら、やっぱり『秘密結社』にお前が必要な訳がわかってきちまったぜ。・・・俺に命令するのは、お前じゃなきゃ嫌なんだ。」
「・・・命令なんかしない。」
「そうそう。必要がなきゃ、命令しなきゃいいのさ。放っといたって、拓磨さんや冬馬さんが適当にやっててくれるだろうぜ。・・・そして、俺は親友として側にいる。・・・文句言ったり、喧嘩したり、時には助け合って、・・・出来れば愛し合って・・・ッッテェ!!」
「一言余計だ。」
 冬馬が大河の頭をひっぱたいた。
「あのなぁー・・・天才の頭は大事にしろよ。」
「お前は頑丈だから大丈夫さ。ハハハッ。」
「ちぇぇぇっ。」
 唯は大河の話は納得出来ないものの、大河や冬馬の温かさが伝わってきて嬉しくなっていた。
「・・ありがとう。大河。・・そして、冬馬さんも。」
 唯が天使の微笑みを浮かべる。
 この微笑みに包まれると、愛されているのだという喜びが込み上げてきて、体中が震えるほど感激してしまうのだ。
 独占出来なくてもいい。
 いや、大河は出来るなら独占したいとは思っているだろうが・・・
 それでも、独占出来ないならいらない、とは決して思わなかった。
 冷たいとも思わない。
 唯は、そこに存在する命であり魂なら、愛してやまない。
 だから、天使なのだ。
 冬馬も大河も、唯が悲しみを乗り越えて、いつもの微笑みを取り戻してくれたことを、心から嬉しく思うのだった。

<37>
「禁じられた想い」
<37>「禁じられた想い」

 唯が大学をあまり休みたくないと言うので、ラーガの密葬の翌日水曜日には、東京に戻ってきた。
 冬馬と大河の他、ルルと、今回はロイが一緒に生活することになった。
 同じ犬ばかり連れていくのは不公平になるから、と唯が言ったからだったが、霊感の強いルルを外すことが出来なかったので、ルルの息子のロイがレイドに替わったのだ。

 午前中にマンションに戻ったので、大学の食堂でお昼を食べることにして、唯と大河は同じ車で出掛けた。
 当分、大河は唯に張り付いて、動向を監視するつもりらしい。
「別々でもいいのに・・・」
と、唯が溜息まじりに呟いたので、
「一度マンションを出たら、またマンションに戻るまでは、もう絶対お前から離れないからな。」
と、大河が憮然として言った。
「そんなこと言ったら、彩香ちゃんの送り迎えはどうするんだ?」
「お前の調子が悪いから、って理解して貰った。」
「・・おい!・・・あんまり俺を病弱にするなよ。俺は生まれてこのかた、風邪一つ引いたことはないんだぞ。」
「お前が急に大学を休む理由が、他に見あたらないだろう?本当のことなんか話せないんだし、病気が一番疑われないでいいんだ。」
「・・ぅぅぅ・・・何か、思い切り自己管理の出来てない医者みたいで嫌だなぁ・・・」
「ハハッ。・・出来てんのかよ?」
「うーわっ。その言い方、超嫌味っぽくない?」
「フンッ。俺に断りもなく、勝手にコソコソと九条に会うんが悪いんだろうが。ちょっとは反省しろよ。」
 大河は運転の為に、前を向いたままで、不機嫌そうに言った。
 唯は腕組みをし、窓の外の流れる景色に顔を向け、
「九条さんのことは・・・大河が関わってる問題と、関わってない問題とあるんだ。東郷の一件は大河も関係してるけど、・・・俺、九条さんに告白されてるし・・・」
と、呟くように言った。
 (アホォォー!両方とも関わってんだろ!)
 大河の心の叫びはともかく、大河はまだ九条を気にする唯に呆れてしまった。
「お前を誘惑して利用しようってんじゃないのかよ。」
「九条さんは違う。・・・違うんだ。」
 唯は額に手をあて目を閉じた。
「とにかく。・・もう、東郷にも九条にも会わない約束で、こっちに戻る許可を貰ったってことは忘れるなよ。」
「・・・うん。」
 唯はシートに深くもたれると、目を開けて空を見上げた。
 今日は少し雲が薄く、時々日も差している。
 九条もこの空を見てるだろうか。
 唯は九条の悲しい心に思いを馳せた。

 午後の講義を受けて、マンションの部屋まで唯を連れ帰った大河は、
「じゃぁ、後はよろしく。」
と、冬馬に言った後、
「今日は俺の夕飯はいいぜ。ずっと会ってやれなかったから、ちょっとゆっくりしてきたいからさ。」
と、彩香とのデートに出掛けて行った。

 大河が待ち合わせのコンビニで雑誌を立ち読みしていると、嬉しそうに息を弾ませた彩香が店に入ってきた。
「何、読んでいるの?」
 彩香が大河の腕につかまりながら、雑誌を覗き込む。
 フワッとシャンプーの香りが大河の鼻孔をくすぐる。
 大学には着ていかないような薄手で露出の高いワンピースを着た彩香は、シャワーで汗を流してきたようだ。
「彩香と遊びに行けるような場所がないかと思ってな。」
 大河はそう言って頭を下げると、さり気なく彩香の髪にキスをした。
 あっ、という顔で彩香が大河を見上げたので、今度は額にキスをした。
 数日、禁欲を強いられていた大河の股間にエネルギーが充填されていく。
「行こうか。」
 大河は手に持っていた雑誌と他に数冊を選び、飲み物とガムも買って、彩香と手を繋いで店を出た。

 予約しておいたホテルの部屋に入ると、服を脱ぐのももどかしくキスを重ねた。
 大河は彩香の服を脱がせながら、首筋から肩へ、肩から胸へと唇を這わせていった。
 彩香の乳首を舌でくすぐり、甘噛みすると、彩香は大河の首につかまって切なそうに頭を仰け反らせた。
 大河が汗で張り付く服をやっと脱ぎ捨てると、彩香を抱き上げてベッドに横になった。
「悪いな。シャワー浴びてる時間なかったから・・・」
 胸を愛撫し、キスを繰り返しながら、大河が済まなそうに言うと、
「いいの。大河の匂いって、好き。」
と、彩香が頬を赤らめて嬉しそうに言う。
「汗臭いだろ?・・唯なら花よりいい匂いがするけどな。」
「汗臭いから好きなの。・・だって、男らしいもん。」
「クスッ。唯に憧れていたくせに。彩香も男好きになったもんだぜ。」
「あー・・・ひどぉーい・・・」
 誰のせい、と言いたげに、彩香が上目遣いに軽く睨む。
「ハハハッ。じゃぁ、言い直すか。・・彩香は可愛い俺の女だ。どんどん俺好みになってくぜ。」
「大河ぁ・・」
 彩香が頬を上気させ、目を潤ませて、大河の喉元にキスをする。
「あぁ・・マジで我慢出来ねぇ。」
 大河は彩香の蜜壺に指を入れて掻き回し始める。
「ぁぁ、、、ん、、、」
 彩香も会えなかった間の恋しさが、一気に吹き出すように蜜を溢れさせた。
 大河のはち切れんばかりの男根の先端は、すでに我慢汁が漏れ出してヌルヌルになっている。
 まだ充分な愛撫が出来てなかったが、我慢出来なくなった大河は彩香の蜜壺に肉棒を押し込んだ。
「あん、、、んん、、、くぅぅ、、、」
 大河が途中まで挿入させた所で、彩香が眉を寄せて喘ぐ。
「キツイか?」
「・・・少し・・・」
「ごめん。急ぎすぎたか・・」
 大河は体を起こすと、自分の広げた太腿の上に彩香の足を乗せて、股が大きく開くようにした。
 それから、指で花弁を押し広げながら、途中まで入っている肉棒をゆっくり動かして少しずつ奥へと馴染ませていく。
 クチュッ、、クチュッ、、
 淫靡な音をさせて花弁が赤く咲き綻んでいく。
 少しずつ、奥へ奥へと動きを大きくするに従い、蜜もどんどん溢れ出し、赤い花びらを濡らしていく。
 ピチャピチャッ、チュプチュプッ、、、
 音も充分に湿ってくるのを待って、大河は太い根元まで彩香の中に押し込んだ。
「あ、、あぁぁ、、、」
 彩香の喘ぎ声も甘く鼻にかかる。
「もう大丈夫だな。」
 大河は彩香の上に体を重ねると、腰を大きく動かし、奥まで突き上げ始めた。
「あぁぁ、、、気持ちいい、、、」
「そうか?・・よしよし、いい子だ。俺も気持ちいいぜ。」
 大河は彩香にキスをして、更に腰の動きを早めていく。
 彩香は大河の背中に腕を回してしがみついた。
 大河の肉棒に押し広げられた膣が熱くてたまらない。
 肉襞を擦られる気持ち良さと、奥まで押し上げられる切なさで、足の指先まで快感が走っていく。
 毎日抱かれるのが当然のようになっていたから、この数日間が寂しくてたまらなかった。
 メールや電話では、大丈夫、と強がっていたが、大学で顔を見合わせた時から体が疼いてたまらなかった。
「あぁ、、、あん、、、あん、、、大河ぁ、、、」
「どうだ?・・いいか?」
「うん、、、すごく、、いい、、、あぁぁ、、、」
「俺が恋しかった?」
「うん、、、恋しくて、、、会いたくて、、、」
「抱かれたくて?」
「ぁぁ、、、う、、ん、、、あぁぁん、、、」
 彩香がキュゥゥッと大河の肉棒を締め付ける。
「うぅぅ・・・あぁ・・・いいぜ。・・最高だぜ。」
 締め付ける技を教え込んだ訳ではないが、自然と覚えたらしい。
 今でも普段、普通にしていれば、清楚な雰囲気がある彩香だったが、ベッドではそうした姿からは想像出来ないほどに乱れ、大胆になっていた。
 そのギャップが大河にはまた可愛いかった。
 自分だけに見せる顔、自分だけが知っているHな彩香。
 そう思うと、男の独占欲や自尊心が満たされる気がする。
 唯へのどうにもならない恋慕はあるが、それでも彩香を大事にしてやりたいと思う気持ちに嘘はなかった。
「はぁぁ・・・たまってるから、我慢出来ねぇ。・・・うううぅぅ・・・はぁぁっっ・・・」
 大河は思い切り彩香の中に熱いミルクを迸らせた。
 体を密着させたまま、大きく息をして、彩香の髪を撫でながら顔中にキスの雨を降らせる。
「このまま、次のもいくから・・・」
「ぁ・・・うん、、、はぁ、、、はぁ、、、」
 彩香はうっとりと満たされた表情で頷き、やはり息を整えている。
 大河の汗が滴り落ちて、彩香の汗とひとつになる。
 彩香の中にそのまま挿入されている大河の肉棒は、マックスの状態でなくても充分な存在感がある。
 感触を確かめるように少し締めるとドクンと脈打って大きさを増し、肉襞を押し返してくる。
 ゆっくりと舌を絡め合わせるキスをしていると、彩香の中の大河が存在感を増して、花弁が攣れるほど固くなっていく。
「もう、いいな。」
 そう言った大河が彩香を抱き上げて、あぐらを掻いた上に抱っこする。
「あぁ、、、ぁぁぁ、、、んん、、、」
 ググッ、と体重がかかって奥を突かれる。
 大きな動きはないが、リズムをつけて体が浮き上がるように突き上げられる。
「あん、、あん、、あん、、あん、、、」
 よがり声もリズムを刻んで歌うように出てしまう。
 揺れる胸が大河の胸と擦り合って乳首をくずぐる。
「少し反ってごらん。」
 腰に手を回した大河が指示をする。
 彩香は言われるまま恐る恐る仰け反っていく。
「力抜いてもたれていいんだぜ。」
 大河はさっきより激しくホッピングしながら言う。
「あぁん、、、あん、、、あん、、、」
 彩香は大きく後ろに仰け反り、頭を振って髪を振り乱せて感じている。
 大河と繋がった部分が狭くなって抵抗が強まり摩擦熱で一層熱くなる。
「ぁぁぁ、、、もう、、、どうにかなっちゃいそう、、、」
「最高に可愛いよ、彩香。・・はぁはぁ・・・好きなだけ乱れていいんだぜ。」
「あぁぁん、、、大河ぁ、、、」
 彩香は自分でも腰を振って、押し寄せる快感の波に意識を投げ出す。
 次々と込み上げる快感の波は、彩香をどんどん高みへと昇らせていく。
「あぁぁぁ、、、あぁぁ、、、もう、、イクゥ、、、イッちゃうぅぅ、、、あぁぁぁぁぁあぁぁ、、、」
 彩香が体を震わせて絶頂に達する。
 それに合わせて、大河もまた熱いミルクを放出する。
 彩香が悶絶しそうに喘ぐような息をしているので、大河は体を離して彩香を横にしてやった。
 軽く開いた花弁から、濃いミルクがトロォーっと溢れ出してくる。
 大河はシーツを汚さないように急いでティッシュで拭う。
 それから自分のモノに付着している蜜とミルクを拭き取って、ゴミ箱に捨てる。
「ルームサービス、頼むか?」
 大河は彩香の髪を撫でながら聞く。
 彩香はまだ朦朧として、早い呼吸を繰り返していたが、
「・・・う、、ん、、・・・喉乾いたかも・・・」
と、かすれた甘い声で答えた。
「軽い食べ物も頼むか?」
「・・・食べられないもん・・・」
「そっか。ま、取り敢えず、飲み物を早く持ってきて貰おう。」
 大河はそう言って、ルームサービスを注文した。

 結局大河は続けてスパゲティも頼んで、
「昼飯が軽かったから、腹減っちまった。」
と、彩香に笑って見せた。
 彩香も落ち着いてきたので、まだ火照った顔をしていたが、アイスティーを飲んでいる。
「今日は少し遅くなってもいいかな?」
と、大河に聞かれ、コクリと頷いた彩香は、あっ、と思い出したようにバッグを持ってくると、中からピルケースを取り出した。
 このピルケースは、大河と一緒に買い物をした時に買って貰った物で、金細工の綺麗なケースだった。
「ちゃんと飲んでくれてるんだ。」
「うん。・・だって、大河のミルク・・彩香の中に入れて欲しいもん。」
 彩香ははにかみながらそう言って、ピルをケースからつまむ。
 大河は満足そうな笑みを浮かべ、水の入ったコップを彩香に手渡してやった。
 お互い大学生である以上、避妊を心掛けるのは当然だった。
 大河が一番安全なピルをケースと一緒にプレゼントしてくれた。
 それだけで彩香は嬉しかったし、何も不安はなかった。
 むしろ、ピルを飲む度に、大河の女としての自分を自覚していた。
「喰うか?」
 大河がスパゲティをフォークに巻き付けて、彩香の口元に差し出す。
 彩香が小さく口を開けると、
「クックッ。俺のをくわえる時くらい大きく開ければいいだろ。」
とからかう。
 彩香は口からはみ出た麺を吸い上げて、モグモグと口を動かしながら、唇を尖らせる。
「ハハッ。かぁわいいなぁ。」
 大河が笑いながらウィンクするので、彩香も思わず笑顔になってしまう。
「さて。・・・今度は彩香を食べよう。」
 大河はアイスティーを飲み干すと、氷を噛み砕いて言った。
「えー・・・さっきのは?」
「さっきは前菜。今度はデザート。」
 大河は彩香を椅子から抱き上げる。
「いや・・それじゃ、失礼か。彩香がメインディッシュじゃないとな。」
「大河に食べられるなら何でもいい。」
 彩香は大河の首に腕を巻き付けて、首の付け根に顔を押しつけた。
 大河ほどの長身に抱き上げられると、床が遠くに感じる。
 逞しい腕に軽々抱き上げられると、自分が小さな子供になったように感じてしまう。
 そして、こんなに優しくされると、ヒロインになれたような気がする。
 彩香は大河に愛されている幸せを味わっていた。

 一方、唯は冬馬と犬の散歩をした後、ルルとロイを洗ってやり、そのままシャワーを浴びてから、冬馬と一緒に夕食を作った。
「ロイ、まだ落ち着かないみたいだね。」
 食事をしながら、唯はずっとロイを気にしている。
「ずっと広い場所での暮らしに慣れていますからね。ですが、これもいい経験になるでしょう。」
 冬馬が、
「すぐに慣れます。大丈夫ですよ。」
と笑って言った。
「大学の方はいかがでした?戻ってすぐだったので、疲れたのではないですか?」
「これくらいで疲れてたら、冬馬さんに申し訳ないよ。荷物の片付けから掃除まで全部して貰っちゃったんだもん。」
「ですが、色々なことが重なって、消耗されているようだ、と拓磨さんも心配されてましたから、無理はなさらないでくださいよ。」
「うん。」
 唯は素直に頷いてから、クスッと笑みを洩らした。
 冬馬が、ん?、と目を細める。
「大河がいないと話題が真面目なことばっかだね。」
「クックックッ。大河は天衣無縫ですからね。何でも思ったことは遠慮なく言ってしまいますから。」
「クスッ。そこが大河のいい所だもの。そんな大河が俺は好きだな。」
「ほう。・・本人が聞いたら、飛び上がって喜びますよ。」
「顔を見ると腹が立つ場合も・・・」
「おやおや。」
「なーんて・・・冗談ですよ。あはっ。・・・でも、あまり甘い顔してると、すぐ大河も甘えてくるから、彩香ちゃんに悪いしな。」
「今度のお嬢さんはおとなしい真面目そうな方ですね。」
「うん。・・でも、・・・彼女も可愛い子だったけど・・・」
「その方は留学先で随分落ち着いてこられたそうですよ。」
「そうなんだぁ。・・・良かったぁ。」
 唯の顔がパッと明るくなる。
「気になっていても、聞くのが怖いことってあるよね。・・教えてくれて、ありがとう。」
「いいえ。」
 冬馬はまた目を細め、にこやかに首を振りながら、唯の言葉が、唯に九条のことを聞いてみたくても聞けない自分と重なった。
 九条については拓磨の指示待ちだったので、話題に出ることはまだなかったし、唯も触れようとはしていないが、時々表情に過ぎる寂しげな影が、ラーガを諦めた為だけではないことを感じていた。

 食事の後、唯は自分の部屋にいくと、拓磨に今日の報告の電話をした。
 電話の最後に、九条に電話していいか、と聞いてみたが、拓磨は沈黙の後で困ったような溜息を吐いた。
「お願い。・・・だって、・・・きっとすごく心配してると思うんだ。」
―「唯様。私からもお願い致します。九条を切り捨てていただけないでしょうか?」
「・・・嫌だ。」
―「東郷への制裁をする以上、九条にも波及するのは仕方のないことです。」
「俺があの日、東郷の屋敷から帰れたのは、九条さんのお陰なんだよ。それに説明したけど、俺が行くって言い出したんだもん。」
―「総統も東郷には強い憤りを感じておられます。もう、計画は進んでおりますので、ご辛抱くださいますよう、お願い致します。」
「・・・そのことには口出ししない。・・・でも、電話はさせて。・・・こっちのことは何も話さないから・・・お願い。」
―「唯様・・・」
「会えない、って話すだけでもさせて。」
 拓磨はまた沈黙と溜息を繰り返した。
―「では、会わない約束は守ってくださいますね?」
「・・・うん。」
―「わかりました。くれぐれも、こちら側の動きは伏せられますように。」
「はい。わかってます。・・・ありがとう、拓磨さん。」
 唯は通話を切ると、ほっと息を吐いた。
 そして、息を整えてから、九条の携帯の番号を押した。

<38>
「裁かれる者」
<38>「裁かれる者」

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 光は優しい。
 目映く、美しく、暖かい。
 誰もが光に憧れて、光の降り注ぐ楽園で暮らしたい。

 けれど、光を浴びる人達の後ろには、必ず影が出来る。
 どんなに光を望んで手を差し伸ばそうとしても、影へ影へと追いやられてしまう人々は必ずいる。
 時には人垣から強引に手を出しても、踏みつけにされ、血まみれになって、また影に踞り、傷ついた手を自分で舐めるしかない人々もいるだろう。
 眩しい光に目を細める人達は、自分が造り出した影で、苦しむ人々がいることに気づけない。

 闇は厳しい。
 光に背を向け、闇に居場所を求める者達は、もっと厳しい闇の現実を知る。
 それでも、闇には光と影ほどの区別も差別もない。
 闇の魔力は心を蝕む危険を含みながらも、その冷たさが傷ついて熱をもった魂を癒してくれる。

 そして、闇の魔力は幻想的な光を造り出す。
 光を当然のごとく浴び続ける人達の中には、美しく光る物は全て自分の物だと思い込んでしまう人もいる。
 闇が、恨みや憎しみ、絶望や慟哭の淀む場所だと気づけない。
 闇の中で灯される幻想的な光は、悲しみの発光体だと知らない。

 光と闇の境界線は曖昧で、昼夜が繰り返されるように、光と闇も混濁として存在する。
 光を浴びる人達に罪がある訳ではないが、闇に生きる者達の罪を責める権利はない。
 そして、強欲に光以上の物を求めた時、闇は静かな怒りをもって、思い上がった楽園の住人を闇よりも深い地獄へと引き込むのだ。

   (『秘密結社』憲章序章第二節より)
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 九条は、東郷と副警視総監の大宮から各々勝手な言い分を突き付けられ、板挟みの状況に陥っていた。
 東郷は身辺が怪しくなってきたことを警戒していた。
 東郷のこれまでの多くの不正行為がマスコミに洩らされ、警察も動き出しているらしい、と噂が蔓延していた。
 警察が動くハズがない、と東郷は騒がしくなったマスコミを押さえ込もうと奔走したが、揉み消そうにも火種は大きいようだ。
 それで九条に、警察や政府高官に働きかけ、これまでの恩恵を形に、この騒ぎを鎮圧するようにと指示してきたのだ。
 だが、警察だけでなく内閣も動き出していた。
 もう、どうやっても押さえようがない。
 そこで、東郷の援助を受けてきた大宮は、一切の関わりを九条の責任として処理するように言ってきた。
 保身の為に、東郷と九条を切り捨てる考えのようだ。
 破滅が九条に忍び寄ってきている。

 東郷があの巨大組織を怒らせるからだ、と思っても、今更どうにもならない。
 東郷は『秘密結社』の秘密を知っていることで、自分には手を出せないだろうと高を括っていたようだ。
 だが、『秘密結社』が本気で怒れば、東郷を捻り潰すことくらい造作もないことだった。
 東郷が、「向こうがその気なら、こっちも全て暴露してやる!」と叫んだ夜、発作を起こして倒れ、以後舌が痺れて言葉が出せなくなった。
 筆談で秘書に指示をしていたが、医者に止められ、その翌日には震える指はもうペンを握ることさえ出来なくなっていた。
 本庄は罪を問われる前に高飛びしたのか、それともすでに抹殺されたのか、姿を見せなくなっている。
 東郷も命を奪おうと思えば簡単なのかも知れない。
 だが、それを敢えてしないのは、東郷に自分の罪を思い知らせる為なのだろう。
 東郷に近い者達、特に『秘密結社』の存在を知る者は、戦々恐々として身を潜め、火の粉が降りかからないことを祈っているようだ。
 焦燥として立ち竦む九条に、火の粉が玉になって襲いかかろうと渦巻いているように感じる。
 こんな状況になって、一番明るい場所に立たされることになるとは。
 しかも、その光は灼熱の地獄の炎なのだ。
 ・・・これまでか。
 九条は副警視総監室を退室すると、勤務して以来初めて早退をした。

 マンションに戻った九条は、これまで苦労して収拾した情報や利用してきたデータを処分した。
 それから身の回りの物も区分して整理し、不要な物は廃棄処分した。
 そして、ほとんど物がなくなった部屋を丁寧に掃除した。
 ・・・これでいつでも消滅出来る。
 九条は自嘲の笑みを浮かべ、最後に自らの埃も洗い流すように、ゆっくりと風呂に入った。
 体を綺麗に洗って湯船に浸かると、首から金の鎖で下げた指輪が、お湯の中で揺らめきながら輝く。
 唯が残していった物。
 今では不要になった発信器。
 唯からの電話で、新しい物に変えたから捨てて欲しい、と言われたが、捨てることなど出来るはずがなかった。
 愛しい唯の、足の指を初めて口に含んだ時の指輪。
 自分の為に外してくれた、唯の想いが籠もっている指輪。
 細すぎて九条の指にははめられなかった。
 それでも、会えなくなった、と言われた時から、唯の分身のように肌身離さず大切に持っていた指輪なのだ。
 ・・・だが、これも処分しなければならないだろう。
 掌ですくい上げてから、そっと包むように握った。
 処分しないと、唯に迷惑をかけるかも知れない。
 今更何でもない物かも知れないが、可能性がある以上は持っていることは出来ないだろう。
 九条は握った拳に唇を押し当て、唯の甘い香りを思い出そうとした。
 絹よりも滑らかな白い肌。
 涼やかに甘い優しい声。
 悲しみを含んだ眼差しと暖かな微笑み。
 例え束の間でも、この腕に抱き締めることが出来たのだ。
 九条は夢の形見のような指輪を握りしめ、涙が溢れてくる顔を湯船に浸けた。

 九条は少しのぼせた体にバスローブを纏い、ベートーベンの『第九』をかけると、取って置きのワインを開けた。
 そう『第九』なのだ。
 何故か心は平静だった。
 必死に這い上がろうとしてきた自分を、もう許してやろう、と思った時、不思議な安堵感が広がっていった。
 這い上がってつかんだ物は結局、あってないような、あると信じ込んでいただけの、虚無だったように思える。
 そして、虚無の闇の中で、唯の姿だけが浮かび上がってきた。
 唯を愛した想いこそ、唯一の真実だったと思える。
 狂おしいほどに恋しい胸の痛みは悲しかったが、甘く切なく優しくもあった。
 おそらく自分の為に泣くだろう唯の為に、笑って地獄の刑場まで落ちて行こう。
 満たされているのだと、伝えることが出来れば、孤独な寂しさも癒される。
 人を憎む為にこの世に生まれたのではなく、愛する為に生まれてきたのだと、信じて落ちていけるのだ。
 この大いなる喜びに乾杯しようじゃないか。
 九条はワイングラスを高々と天に向かって掲げてから、最後の一滴まで飲み干した。

 音楽が止まった。
 明日は辞表を出すことになるだろう。
 寝不足で疲れた顔など見せないように、最後まで背筋を伸ばして堂々としていられるように、今夜はもう休もう。
 九条はワイングラスを洗って、綺麗に拭くと棚に収めた。
 そして、九条がベッドに入りかけた時、携帯が鳴った。
―「九条さん?」
 相手は唯だった。
 自然と九条に笑みが浮かぶ。
「ああ、唯。元気にしてるかい?」
 唯が言葉に一瞬詰まってから、それには答えずに、
―「・・・連絡が遅れて済みません。もっと早く電話したかったんだけど・・・九条さんこそ、色々と大変でしょう?」
と言った。
「まぁ、周辺は騒がしいが、私はいつもと変わらないさ。」
 九条が普段と変わらない話し方をするので、唯はほっとしたような溜息を吐いた。
 やはり今回の事で心を痛めて、とても元気とは言えないほどに落ち込んでいたのだろう。
 九条が、唯のせいではないことを伝えようとする前に、
―「九条さんにお願いがあるんです。」
と、唯が言った。
「ん?・・何かな?私に出来ることならいいが。・・・もうじき、この身も拘束されるだろうからね。」
―「いいえ。九条さんは誰にも拘束させません。」
 唯がきっぱりと断言した。
 それから、
―「そのこともありますが、・・お願いは東郷のご子息方のことです。」
と、急ぐように切り出した。
 九条は雑談する状況ではないことを理解し、姿勢を正して聞くことにした。

 唯の話はこうだった。
 東郷の周辺は保身に走る者や悪足掻きをしようとする者など、誰も東郷の家族を心配する人がいないようだ。
 だが、東郷が罪に問われる時、もっとも辛い思いを強いられるのが家族だろう。
 まだ事件として動き出してない今、家族の安全を確保したい。
 長男に、処分出来る財産は全て処分させ、動かせる資産と共に、警察の手の届かない海外の銀行に隠すようにしてやって欲しい。
 もし、長男がそうした類に疎いようなら、一時的にでも○○○○○の××××××口座を使用してくれるように指導して欲しい。
 そして出来るだけ早く、兄弟4人揃って、日本のマスコミが知らない海外へと脱出させて貰いたい。
 候補地もいくつかあるし、任せて貰えるなら、渡航手段も当面の滞在先も用意する準備は出来ている。
 そして、落ち着いてから、新しい生活を築いていくようにすれば、幼い子息達の心の傷も最小限に押さえられるだろう。
 九条にはその保護を兼ねて、一緒に行って貰いたい。
 東郷の一件は警察内部には波及させないように、政府、法務省、警察庁、マスコミの元締め等で話し合いが出来ているから、九条にも責任は及ばないので心配しないで欲しい。
 と言うことだった。

 九条は呆気に取られていた。
「・・・まさか・・・そんなことが可能なのか?」
―「少し無理をしたけど、納得して貰えたから・・・」
「唯・・・」
 そうだったのか、と九条は痙攣するこめかみを指で押さえた。
 ずっと唯からの電話がなかったのは、この為の調整に尽力していたからだったのだ。
 唯の想いが総統を動かし、流れを変えたのだろう。
 何という強い意志だ。
 九条は、天使の雄々しく羽ばたく羽音が、闇の中から聞こえてくる気がした。
―「でも、九条さん。時間がないんです。」
 唯が辛そうに言う。
―「一度溢れ出した流れを押し留めるには限界があります。タイムリミットが迫ってますので、どうか協力して頂けないでしょうか?」
「わかった。これからすぐに行動しよう。」
―「ありがとうございます。夜中でも構いませんから、次の段取りが必要になったら、いつでも連絡してください。九条さんを補佐する者が伺います。」
「了解した。」
 九条はしっかりと答えた。
 そして、唯との通話を終わらせると、冷たい水で顔を洗って気持ちを引き締めた。
 自分の為ではない。
 唯が救いたいと願う、哀れなクローン達を人として生きていける場所へ、連れて行く使命の為に。
 唯の願いを叶えることが、唯と一体化することのように思えた。
 その為なら命を捧げてもいい。
 九条にはもう私心はなかった。
 放棄しかけた人生を唯の為に生きるのだ。
 九条の中に熱い炎が燃え上がっていた。

<39>
「愛と崇拝の狭間」
<39>「愛と崇拝の狭間」

 九条は迅速で的確で実に有能だった。

 途方に暮れていた長男を説得し、翌日には財産のほとんどを処分出来るようにまとめさせた。
 処分にあたっては、東郷の側近や弁護士では使い物にならないからと、唯サイドから派遣された弁護士が、あっと言う間に換金してしまった。
 ただ、その手順の中で、唯の提供する海外の秘密口座に不安を感じた長男が、東郷の秘書に相談してしまった。
 東郷の秘書は自分にも心当たりがあると、某銀行口座を勧めたので、両方の顔を立てたい長男が、折半して両方の口座に振り込んだのだ。
 だが、その直後、秘書が裏切り、振り込まれた全ての資産を秘書個人の隠し口座に移して逃亡してしまった。
 秘書の裏切りには、今の東郷の妻が関わっていたようで、その妻も秘書と共に姿を消したのだった。
 彼女は東郷の五番目の妻で、長男とは縁が薄い義母だったが、長男は財産分与と思い、取り返すことは諦めることにしたようだった。
 唯サイドは、秘書が唯サイドで用意した口座番号を知っている危険性を考慮し、急ぎ別の秘密口座を用意して残った資産を確保した。
 半分になってしまったとはいえ、普通に生活する分としては、兄弟が大学まで進み各々に独立出来るようになるまでくらいなら充分の金額と言えた。

 兄弟4人共パスポートを持っていたので、渡航は早いと思われたが、長男が母親を連れて行きたいと主張した。
 長男の母親は東郷の三番目の妻で、今は離婚して田舎で暮らしているという。
 すでに東郷の屋敷周辺も騒がしくなりつつあったので、長男以外の3人の兄弟は渡航出来る支度を整えて、唯サイドで用意した、東京近郊だがあまり知られていない、別荘に身を隠した。
 九条は長男と同行して母親のいる田舎へ出向き、長男の母親を説得してパスポートを取得する手続きを進めた。
 長男の母親は空港近くのホテルに滞在し、出立当日に他の兄弟達と落ち合うことになった。
 クローンである3人の兄弟は、東郷が外で生ませた子として出生届けを出していたが、各々の名前だけの母親になっている女性達は、その当時東郷から大金を渡されていたので、兄弟に関心を持つこともなかった。

 全ての段取りを終えた九条も、マンションに戻り、渡航の為の荷物をまとめた。
 後、数日で日本を当分離れることになる。
 東郷の一連の騒動が収まって、4人の兄弟と母親が誰も知らない土地に落ち着き、生活が順調に送れるようになったら、九条には日本に戻ってきて欲しい、と唯が言ってくれた。
 九条自身が、東郷との癒着が強いことを知っている周囲の人間の中では、例え罪を問われなくても普通に生活するのは辛いだろう、という唯の配慮であることを充分わかっていた。
 唯の指示に従って動いてきたが、唯とは電話で話すことしか出来ず、会いたさが募っていた。
 けれど、もう無理なのだということもわかっている。
 唯が個人で動いても、今の九条の安全は確保されなかっただろう。
 唯が『秘密結社』のNo.2としての権限を発動して、九条と4人の兄弟を守ったのだ。
 権限を振るう者は、その立場の重さと責任を自覚して行動することを問われるに違いない。
 もう、指輪を外して無謀な行動に出るような真似は許されないだろう。
 九条は、捨てられずにいた、首から下げた指輪にそっと口づけをした。
 クリスチャンが十字架にキスをするように、愛と崇拝を込めたキスだった。

 一方、唯は、九条との連絡をいつでも取れるように心掛けていたが、大学生としての普通の毎日も送っていた。
 そして相変わらず、大河にしっかり張り付かれてガードされていた。
 昼食は彩香とも一緒に過ごしたい大河に付き合わされ、当てられ気味に食事する羽目になっていた。
 この日も、大河と大学の門の近くで彩香を待っていた。
 だが、今日はやけに門の所で人だかりが出来ていると思っていると、
「おーい!ゆーいー!」
と、人だかりの中から声がする。
「ちょっと、どけよ!」
と、威嚇するように怒鳴りつけながら、掻き分けるように人だかりから出てきた人物を見て、唯は目を丸くした。
 ボロとしか言いようのないジーンズに何本も鎖を垂らし、肌の露出が多いランニングシャツは体に密着しヘソまで丈が届いていない。
 そして露出した肌には腕と肩にドクロとカラスの今風タトゥー。
 頭は金髪に染めた髪がツンツンと立っている。
「・・・あいつ・・・一号だろ?」
 大河が唯にそう耳打ちをしたので、唯が顔をしかめて大河を睨んだ。
 だが、そうなのだ。
 東郷の次男である。
 別荘で渡航の日を待っているはずの次男なのだ。
 大河は唯の話を聞いていたので、その容貌ですぐにピンときたらしい。
「こんにちは。今日はどうしたの?」
 近付いてきた次男に唯が微笑みかけると、
「唯に相談したいことがあってさぁ・・」
と、次男はニヤニヤと笑った。
「よく、ここがわかったね。」
「あん時、自己紹介してただろ?ここの学生だってさぁ。」
 東郷の屋敷に行った時のことだ。
 唯は納得して頷いた。
「そっか。覚えていて貰えたんだ。」
と言って、唯がまた微笑むので、
「そんな場合じゃねぇだろ?」
と、大河が唯に向かって言ってから、次男を睨み付けた。
「何だよ、こいつ?」
 次男は長身の大河に負けじと下から舐めるように睨み上げた。
「俺は唯の親友だが、お前に名乗る必要もないだろ。」
「あっそ。なら、邪魔すんなよ。俺は唯に話があって来てんだからさ。」
 大河と次男が双方腕組みをして、睨み合いを始めたので、
「あーもぉー、二人ともやめてくれ。」
と、唯が間に入り、
「大河。睨んでたって仕方ないだろ?話は聞いてやらなきゃ。・・君もこんな目立ってたらマズイだろ?話は聞くから、場所を移動しよう。」
と、次男の腕をつかんだ。
「あ、俺、バイクで来てんだ。門の前に停めてるんだけどさ、みんなが見物に来ちまってまいったぜ。」
「お前を見物してたんじゃないのか?」
「・・っんだよ。・・ったく。・・っちいち、・・っせぇ奴だな。」
「お前、もっとまともに話せ。ガキ!」
「・・っんだとぉ?俺は唯より年上だぞ!」
「二人ともやめてって言ってるだろ?・・・もぉ・・・大河は彼女と食事して来いよ。ほら、怖がって近付けずにいるじゃないか。」
 唯に言われて、大河は彩香が遠巻きの人だかりから見ていることに気付いた。
 大河は眉を曇らせ、
「いや。お前をこいつと二人だけにさせる訳にはいかないぜ。」
と言ったが、唯は、
「時間ないのに、お前がいると話が進まない。」
と、唯にしては厳しい口調で言った。
 こと、今回の一件での唯は頑固さに磨きがかかっているようだった。
 大河は溜息を吐き、
「わかった。もう口出ししないから、俺も一緒に行くよ。・・ちょっと彩香に断ってくるから。」
と、彩香の側に行き、済まなそうに二言三言耳打ちをした。
 彩香はまだよく状況が理解出来ていなかったが、控え目な笑みを浮かべて頷いた。

 人のいる場所で話を聞くのは不用心だったので、唯と大河は車で、東郷の次男はバイクで、周囲に人気のない河原まで移動することにした。
 唯の車の近くにバイクを停めた次男は、
「いいバイクだろ?」
と、自慢げに言った。
「よく手入れされてるみたいだね。」
 メカには弱い唯が、ピカピカに磨かれた様子を誉めた。
「自分で手を加えたんだな。よく出来てるぜ。」
 メカ好きな大河は感心して言った。
「だろ?・・だから、これを手放すのが惜しくてさぁ・・・こいつを向こうに・・っつっても、まだ何処に連れてかれるのかは知らないけどなぁ・・・どっか行く場所まで届けて欲しいんだ。」
 唯は、ああ、そうかぁ、と笑顔になって頷いた。
「もちろん、構わないよ。他にも・・他のご兄弟も、持っていきたい物はリストにして、付いてる者に渡しておいてくれれば、多少遅れるかも知れないけど、届けるようにするから。」
「おぅ!サンキュ!」
 次男はホッとして笑った。
「そんなことの為にいちいち来る必要はないだろうが。」
 大河がボソリと言った。
「・・っせぇ!・・ったく、嫌味な野郎だぜ。まだ、話があんだよ。」
 大河はフンッとそっぽを向いた。
 唯は大河の腕を軽く抓って、ほらまたぁ、という顔をした後、
「じゃぁ、座って話そうか。」
と、草が一面に生えた斜面に腰を下ろした。
 大河と次男は、唯を挟むように両側に座った。
「大河の失礼はお詫びします。・・ただ、俺のガードしてくれてる・・ってゆーか、俺が頼りない分をサポートしてくれてるから、ついキツイ口調になっちゃうんだ。だから、気にしないでやってね。」
 唯が苦笑を洩らしながら言うと、次男は、へぇ、と頷いた。
「それと・・・どうして俺に頼みに来たのかも・・・気にしてるんだと思うんだ。俺は直接関わり合ってないはずなんだけど・・・?」
「そりゃ・・・今回のことを九条一人で出来るはずねぇしさ・・・ちょっと頭使やぁ、バックにあんたがいるんだろう、くらいの想像はつくぜ。」
「・・・あはっ・・・それは・・・マズイなぁ・・・」
 唯が困ったような笑みを浮かべたので、大河は、ほれ見ろ、と言わんばかりに眇めた目で唯を見た。
「俺を甘く見ちゃダメさ。・・・何しろ、あの親父のクローンだからな。」
「・・え・・・?!」
 次男の言葉は唯も大河も驚かせた。
 まさか、本人がそのことを知っているとは思わなかったのだ。
「俺、高校入るまではけっこう真面目だったんだぜ。」
「・・・そう・・・」
 唯は気が動転して上の空で返事を返した。
「でも、ある日、あの地下を見つけちまった。・・で、そこの研究室みたいな所とか、資料みたいなのを見たんだ。・・あの研究室を見た?」
 唯は首を振った。
 東郷の話は、まだ、そこまでは進んでなかったのだ。
 というより、あの薄暗い廊下の先を見る気さえ起きないほどに、不気味な雰囲気があったのだ。
「・・・そして気付いた。俺が生まれた理由と親父の目的が何なのか。」
「いや。切っ掛けは違うと思うよ。東郷さんも体の欠陥に悩んでらしたから、それを補おうとされたのが始まりで、・・・純粋に御自分の血を引いたお子さんを望んだのだと思うけど。」
 唯が苦しそうに表情を歪めて首を振る。
 次男は、フッ、と笑って、
「あんたってマジに優しいな。あんな奴まで庇おうって思うのか?」
と言ってから、
「でも、いいんだ。切っ掛けは何だろうと、結局はそれが目的になった時点で、俺は親父に人として否定されたんだからな。」
と、暗い目を川の流れに向けた。
「それから俺は自分を傷つけ、この体を痛めつけることを親父への復讐にした。親父が欲しいのは俺の体なんだ。どうせ親父に俺自身を殺されちまうなら、いつ死んでもいい、って思ってさ。」
「何で逃げ出さなかった?」
 言葉の出ない唯の代わりに大河が冷めた声で言った。
「何処へ逃げろ、って言うんだ?俺には母親もいねぇんだぜ?・・問題を起こしたって、警察は俺を一時的に保護するだけで、逮捕も拘留もしてくれねぇ。親父が手を回しちまうんだ。」
「・・・そうか。」
「・・辛かったね・・・」
 唯は震える息で言うと涙を零した。
「泣かねぇでくれ。・・・俺さ、・・・あんたに直接会いたかったのは、会って直接礼が言いたかったからなんだ。・・・俺達を助けよう、なんて思うのはあんたくらいだろうって・・・初めて会った時から感じていた。・・・だから、心配しなくても、あんたが陰で動いてるって気付いたのは俺くらいだぜ。」
 そう言うと次男は立ち上がって深々と頭を下げた。
「弟達は何も知らねぇ。これからも知らねぇまま、ちゃんと人らしく生きて貰いてぇ。・・・俺が使い物にならなくなって、危なくなってたのが弟達だもんな。・・それを思うと俺も・・辛かったんだ。・・・だから、何も知らない弟達の分も礼を言わせて貰う。・・・唯さん。・・・あんたに出会えて良かった。心から感謝するぜ。」
 涙で潤んだ目で見上げる唯に、もう一度頭を下げた次男は、
「じゃぁ!・・バイクも頼んだぜ!ハッハッハーッ!」
と、またバイクに乗って走り去っていった。
 大河は涙が止まらない唯を抱き締め、
「わかって貰えて良かったな。」
と、髪を撫でながら頬ずりをした。
 そして、
「さて。俺達も戻らないと、午後の授業に間に合わないぜ。」
と、唯を支えるように立ち上がらせた。

 九条は唯からの電話で、東郷の次男が礼を言いに来たことを聞かされた。
 そして、今回一連のことを進める上で、一番反発を警戒していた次男が、ずっと協力的だった理由を理解した。
―「・・・どうして・・・こんなに悲しい人達がいるんだろうね。・・・九条さん。どうか、彼の相談に色々乗ってあげてね。」
 唯が涙まじりの溜息をこぼして言う。
「唯・・・そう何にでも心を痛めていたら、体を壊してしまうよ。」
 九条は自分自身も、こうした唯だからこそ救われたのだと承知していたが、そう言わずにはいられないほど、心配でたまらなかった。
 唯の周囲の者達が、唯を世間から隔離したがる訳がわかる気がした。
 世界中の不幸な人々を救えるはずもない。
 出会う人達だけでも、全てを救うのは無理なことだった。
 幸せに満ち溢れて生まれ育つ人間の方が少ないだろう。
 不幸やハンデや差別があっても、自分の人生は自分で責任を持って生きていくべきだ、と九条自身なら考えてしまう。
―「俺は丈夫に出来てますから。」
「あまり深く考え込まないことだな。・・・紫の炎が燃えないように・・・」
―「うん。大丈夫。最近は調子いいから・・」
 唯が九条を心配させないように、明るい声で言う。
「それならいいが、無理はするなよ。」
―「うん。・・九条さんもね。」
 九条は唯の指輪にキスをしながら、唯の声を愛おしんで聞いていた。
 間近に迫った別れの時の痛みがヒタヒタと染み込んでくる。
「・・・愛しているよ。・・唯。」
―「・・・九条さん・・・ぁ・・・」
「済まん。・・・泣かないでくれ。・・・ちょっと言ってみたくなっただけさ。」
―「・・・会える時間が作れるといいけど・・・」
「ハハッ。会ったら、また抱き締めてしまうだろうな。」
―「・・・抱いてもいいよ。」
「・・バカだなぁ・・・俺は今でも充分幸せだよ。・・・唯の残した指輪を分身として持っていくから・・・いいだろう?」
―「ぁ・・・うん。」
「良かった。気になってたんだ。・・・と言いつつ、今も唯と思ってキスしてる。」
―「あははっ・・・照れるなぁ・・・」
 唯がくすぐったそうに笑う。
 やっと笑ってくれたことが、九条は嬉しかった。
 ずっと唯の声に浸っていたかったが、話があまり長引いてもキリがない、と自分に言い聞かせ、
「もう、お休み。唯。・・・安らかな夢と共にあれ。チュッ。」
―「うん。九条さんも。・・・お休みなさい。チュッ。」
 恋人同士のように、キスを音に出して贈り、通話を終えた。
 許されないと思っても会いたい。
 だが、唯を困らせない為にも諦めるしかなかった。
「お休み、唯。・・チュッ。」
 九条は指輪にも、お休みを言って、心を込めてキスをした。

<40>
「請求書」
<40>「請求書」

 携帯をサイドボードに置き、九条がベッドに入ると、再び携帯が鳴った。
 着信番号を見ると公衆電話になっている。
 誰だろう、と怪訝に思いながら九条が電話に出ると、
―「よぉ、九条殿。」
と、しわがれた嫌味を含んだような声が耳の記憶を呼び覚ました。
「・・・お前は・・・本庄?」
―「何を驚いているんですか?・・フン。俺が生きてちゃマズイですかね?」
「いきなり消息を絶ったから、どうしたかと思っていたんだ。」
―「俺が一番ヤバイ仕事をさせられてたからねぇ。て言っても全部命令に従ったまでなのに、俺の責任にされちまったらたまらねぇでしょう?」
 身を隠していた時間が本庄の心をより荒ませたのか、言葉まで荒んだ言い方が馴染んでしまっている。
「東郷が問われる罪は、不正融資や不正献金、脱税や恐喝といった類のもので、警察との関わりには触れられてない。・・・君が姿を隠す必要もなかったということだな。」
―「一部には警察との関連を中傷する噂もあったじゃないですか。それがどうしてそんな都合のいい話になっちまったんでしょうねぇ?」
「・・さぁな。私はもう辞表を出して辞めているからわからないね。」
―「またまた、とぼけちまって・・・クックックッ。」
 本庄が人の腹を探るような、ひねた笑いを洩らした。
―「九条殿があの綺麗な顔の天才殿をいいように言いくるめたんでしょう?」
「彼は関係ない。」
―「そんな表向きな話はやめましょうや。俺を誰だと思っているんですか?あなたに難しい調査を任されていた男ですよ。あなたの繋がりくらい調べるのはわけないことでしょうが。」
「・・どう思うか、それは個人の想像の自由だが、・・・そう思うなら、少なくとも口に出さない方がいい。」
―「俺を強迫しようっていうんですか?」
「忠告だ。」
―「フン。忠告だって?・・・自分ばっかいい思いをしようなんて、そりゃぁ、ないでしょう?九条殿。」
「辞職したのが、いい思いなのか?」
―「辞職ったって、退職金は貰えるわ、その後は海外で優雅に暮らせるわ、天国じゃないですか。コソコソ逃げ回り、金に困って安旅館で安い飯を喰ってる俺とは、随分な違いですねぇ。」
「戻ってきたらどうだ?」
―「今更どこに俺の居場所があるって言うんですか?・・九条殿。あなただって冷視蔑視に晒されるのが嫌で辞めたんでしょう?」
「私はどんな責任でも負うつもりでいた。」
―「強いバックがついてると強気になれていいですねぇ。」
 九条はねちっこく嫌味を言う本庄の意図が見えてきた。
「私に、金を融通しろ、と言うことか?」
―「ハッハッハッ。さすがに鋭いですねぇ。」
「私に用意出来る金額は一千万。世話になった礼として渡そう。」
―「冗談じゃねぇや。そんな端金で俺を黙らせようってんですか?」
「何をどう誤解しているか知らないが、勤続年数を考えれば、退職金もそう貰えないことぐらいはわかるだろう?・・今も言ったように、世話になった礼として私個人の気持ちで私の懐から出す金額だ。これ以上は無理だな。」
―「御曹司に頼めばいいでしょうが!」
「彼は関係ないと言ってるだろう。」
―「俺が知ってることをバラ巻いてもいいんですかねぇ?」
「被害妄想が大きい人間は、とんでもない出まかせや戯言を言うらしい。病院に行って診て貰うか?」
 九条は声を低めて静かに言った。
「東郷の隣りの病室が空いているらしいぞ。」
 それは、あの東郷さえ敵わない相手を敵に回すのか、という警告を含めた言葉だった。
 東郷ほど用心深く厳重警戒をしていても、信用していいはずの自分の屋敷で発作を起こし、信頼してきた病院でも身動きが取れなくなるのだ。
 東郷は今、心底、『秘密結社』を敵にする、ということの恐ろしさを味わっているだろう。
 その意味は本庄にも伝わったらしい。
 本庄は舌打ちをすると、九条の提示した額でいいからと、明日指定した場所に持ってくるように言って通話を切った。
 九条は本庄が唯を標的にしないように、よく言い含めなければ、と胸に下がった指輪を握りしめながら決心していた。

 翌日、九条はお金を用意して、自分の車で出掛けた。
 仕事用に使っていたものは警視庁から提供されていた車だったので、すでに返却してあった。
 本庄の指定した場所に向かう途中、二度本庄から電話があって、その都度場所が変更された。
 九条が一人で来るかを確認したようだ。
 九条は指示に従いながら、本庄が警戒するのを今更のように感じていた。
 『秘密結社』が本気で本庄の口を封じようとしたら、とっくに抹殺されているだろう。
 生かされている、もしくは本庄程度の小者は問題視もされていない、現実に気付くべきだった。
 そして、今、追い込まれている状況が、これまで自分がしてきた結果なのだと自覚し、気持ちを入れ替えて人生をやり直して欲しい。
 九条が渡そうとしているお金はその為のものだった。
 だから、誰にも話してはいない。
 自分よりも恵まれている存在を恨んだり妬んでみても、決して自分自身が幸せを感じることは出来ないのだ、と九条自身が身に染みて感じていた。
 それを本庄にもわかって欲しかった。
 本庄にお金を渡せば、九条自身の持ち金はほとんどなくなる。
 警察権力の自己権限を越えた行使はあったとは思うが、少なくとも私腹を肥やす仕事はしてこなかったのだ。
 それだけは胸を張って言える。
 九条は山麓の人気のない展望台の駐車場に車を停めて降りると、新鮮な山の空気に目を細め深呼吸をした。

 本庄がどこからか姿を現し、身振りと目線で九条についてくるように合図する。
 どこまでも疑いを拭えないのは、身に付いた習性だろうか。
 九条は溜息を吐いて付いて行った。
 途中のガードレールを跨いで、木々の生い茂った森の奥へと、道もない傾斜を登っていく。
 少し広い空間に出た所で本庄が振り向いた。
「どうやら一人で来たらしいな。」
「当然だろう。この金も私の全財産に近い。これで、人生をやり直してくれ。」
「クックックックッ。これが九条殿の全財産だって?・・・俺をバカにするのもいい加減にしろ!俺でさえもっと持ってるぞ!」
 本庄は目を血走らせながら言った後で、手を握ると体を震わせた。
「もっとも・・・女房の奴が全部引き出しちまったがな。子供を連れて実家に戻ったらしい。俺の家には書き込まれた離婚届だけが置いてあったぜ。」
 本庄は忌々しそうに言った。
「家族も失い、一文無しだ。・・・あんただけにいい思いをさせてたまるか!」
 本庄は隠し持っていた拳銃を取り出し、九条目掛けて撃った。
 ズダァァァーーンッッ!!
 銃声が山肌に響いて消えていった。
 至近距離で、訓練も受けている本庄の狙いが狂うはずもなかった。
 九条は後ろに弾き飛ばされて、堆積した枯葉の上に倒れた。
 胸に熱さと息苦しさを感じながら、意識が暗い闇へと落ちていった。

 本庄への思いは通じなかったのだ。
 本庄から自分に近付いてきたとはいえ、これまで利用してきた責任を感じていた。
 だからこそ、自分の責任で本庄の気の済むようにしてやりたかったのだ。
 だが、本庄の荒んでねじ曲がった心には、どんな言葉もどんな誠意も通じないらしい。
 これが自分のしてきたことの報いなのだろうか。
 そうだとするなら、甘んじて受け入れよう。
 唯の、自分を生かしたいという願いだけは、叶えてやれなかったな。
 九条は闇に漂う意識の中で、唯への最後のメッセージを唱えた。
 ・・・済まない。
 ・・・済まない。
 ・・・唯・・・愛している。
 ・・・そして・・・こんな俺を愛してくれて・・・ありがとう。
 ・・・俺の人生で最高に幸せな時に・・・人生の幕を閉じられるんだ。
 ・・・もう・・・俺の為に泣かないでくれ。
 ・・・俺は幸せだよ・・・唯。 
 ・・・唯・・・唯・・・愛している。

 地獄でもこんなに明るいものなのだろうか。
 胸が焼けるように熱い。
 喉まで焼け爛れるようだ。
 九条は顔をしかめて咳き込んだ。
 ゴホッ、ゴホッ、、、ゲボッ、、、と血を吐いた。
「チッ。まだ、息があるのか。・・しぶとい野郎だぜ。・・まあ、いいさ。これだけの出血じゃ時間の問題だ。じっくりと恐怖を味わいながら死んでいけばいい。」
 本庄は額の汗を拭いながら言った。
 手についた泥が、憎悪で鬼の形相になった本庄の顔に付着し、一層禍々しく見せている。
 手にはスコップ、足元には穴がある。
 九条が衝撃で気絶している間に、穴を掘っていたらしい。
「ま、こんなもんでいいだろう。」
 本庄はそう呟くと、九条の体を引きずって穴に落とした。
 九条は最後の力を振り絞って、唯の指輪を探した。
 だが、キチッと止めたワイシャツの内側だ。
 ワイシャツのボタンを外そうとするが、力が入らず、しかも流れ出している血のりで指が滑ってしまう。
 本庄が枯葉の入り交じった泥を九条の上にかけていく。
 九条は必死で胸をさぐったが、ドクドクと流れる血を意識するだけで、指輪を見つけることが出来なかった。
 頭にも泥が被さってきた。
 視界が暗くなる。
 もう、これが最後だな、と九条は胸を手で押さえ、意識を手放した。

 ・・・・・九条・・ん・・・九条さん・・・・・
 遠い意識の中で唯の声が聞こえている。
 最後に神様が唯の声を届けてくれたのだろうか。
 九条がぼんやりとそんなことを考えていると、
「九条さん!九条さん!・・しっかりして!」
と、今度は耳元のすぐ側ではっきりと聞こえた。
 顔に掛かっていた枯葉が優しい感触の指先で払われる。
 唯が必死で泥と枯葉を退かそうとしている。
 他にも男達が九条の体を抱きかかえている。
「・・・唯。・・・もう、いいんだ。・・・お前に会えて・・・俺は幸せだった。」
 九条がかすれる声をやっと振り絞って言う。
 まだ、息が熱くて苦しい。
「話すな!出血が大きくなる。」
 不機嫌な大男が傷口への応急処置をしながら命令するように言う。
「ダメだよ、九条さん!諦めないで!・・命を手放さないで!」
 唯が、九条の顔を汚れを拭うように撫でながら、頬や額にキスをする。
「おい!唯!邪魔だ!」
 不機嫌な大河がますます不機嫌そうに言うが、手は素早く傷口の出血を止め、呼吸を確保するように管を差し込む。
 九条は息が細くなるのを感じていた。
「唯・・・」
 九条がわずかに上げた手を唯が握る。
「九条さん、しっかりして!」
「坊ちゃま。移動します。お話は後ほどに。」
 別の男が唯の肩を恭しくつかんで九条から離した。
 担架に乗せられ固定された九条は急いで下の道路へと運ばれた。
 道路にはヘリコプターが待機していた。
 九条を乗せ、唯と他の男達も乗り込んだ。
 大河が早速、九条に点滴をしたりと、再び出来る限りの処置を始める。
 唯も全身に紫の光を纏いながらも、処置を手伝っている。
「大丈夫だよ。大河ほど手術が得意な奴はいない。保障するから・・・頑張って。」
 九条は朦朧としながら唯の涙が額に落ちるのを感じて、
「ああ・・・頑張るさ。・・・だから・・・泣くな。・・・唯・・・」
と、唇を動かした。
 唯がその唇にそっと口づけをする。
「ラブシーンなんかしてんじゃねぇ!」
 大河のジェラシーを含んだ怒鳴り声に、九条は、ああ、そうか、と気付いて笑みを浮かべた。
 こんな身近にも届かぬ想いに苦悩する男がいたのか。
 それでも、恋敵のはずの自分を助ける為に手を尽くしている。
 いい青年だ、と九条は思い、唯の側に彼がいてくれて良かったと思える自分に満足して、霞む視界を閉ざした。

 翌朝。
 病院のベッドで九条は意識を取り戻した。
「おはよう、九条さん。」
 声の方へ顔を向け、目をゆっくり開けると、嬉しそうに微笑んでいる唯が、九条を優しく見つめていた。
「・・・生きているのか・・・」
「もぉぉ・・・そんな言い方しないでよ。弾傷は思ったほど深くなかったって。生きるの、死ぬの、って大騒ぎするような怪我じゃねぇ、って大河がふてくされて言ってたよ。」
 唯が楽しそうに笑う。
「・・・まさか?!・・・あれだけ至近距離で命中したのに?」
「あの指輪を胸に下げてたのが良かったのか、弾が調度指輪に当たってくれたのが幸運だったのか。・・・あの指輪って特殊素材で衝撃に強く出来てるから、弾の衝撃も和らげて、しかも急所を逸らしてくれたらしいよ。」
 九条は思わず胸に手を当てて、痛みに顔をしかめた。
「あ・・だから、そこが傷口じゃん。気を付けてよ。」
 唯が眉を寄せて首を振る。
「・・・済まん。」
 九条はこの信じられないような現実が、夢のように思えてきた。
 唯に触れたら消えてしまうかも知れない。
 これは天国で見せて貰っている夢じゃないか。
 そう思うほどに、優美に微笑む唯は綺麗だった。
「唯・・・」
 九条が手を伸ばすと、唯が両手で包むように握って、頬ずりをした。
 夢ではない、確かな現実だった。
 唯は愛しそうに頬ずりをしながら、憂いを含んだ眼差しを九条に向けた。
「・・・でも・・・今だから笑えるけど・・・本当に心配したんだからね。」
「うむ。」
「何かあったら一人で抱え込まないで言ってくれなきゃ。」
「済まん。」
「もう、指輪壊れちゃったから、次にはこんな偶然なんてないんだからね。」
「・・・壊れたのか・・・」
 と言うより、発信器として機能していたことに、気付いていなかった自分が、間抜けに思えて苦笑した。
 自分の行動は全て唯サイドに把握されていたのだ。
 唯が捨てるように言った時、もうスイッチは切られていると思い込んだのが、迂闊ではあったが、助けられる夢のような奇跡に繋がっていた。
 諦めずに抱き続けた唯への想いが、自分を救ってくれたように思えた。
 そして、本当にお守りとして自分を守ってくれた。
 九条は指輪を失ってっしまったことに、残念そうな溜息を漏らした。
「でも、急に信号が消えたから、何かがあったんじゃないかって、緊急にヘリを飛ばしたんだもん。」
「・・あぁ・・・そうだったのか。」
「信号が消えた、って緊急の連絡が入った時、ヘリで迎えにきて、って頼んだんだ。どうしても自分で駆けつけたかったから。多少、強引に大学のテニスコートに着陸させたから、奇異な目で見られちゃった。」
 唯がちょっと肩をすくめた。
 九条は愛おしさに目を細め、唯の頬を撫でた。
 唯も九条を見つめる。
「・・・体が起こせない。・・・唯・・・キスして。」
 九条が怪我人の特権のように甘えて言うと、唯はクスッと笑みをこぼして、
「傷に障るよ。」
と言いながらも、顔を近付けて唇をそっと重ねた。
 静かにゆっくりとしたキスをしてから、
「・・・でも・・・会えて良かった。」
と、唯が甘い吐息で囁いた。
 そして、
「なるべく・・・ゆっくり治って貰うかな。」
と、悪戯っぽく微笑むのだった。

 入院中は唯が付きっきりで看護していた。
 傷の快復は早かったが、九条の世話を唯が全部したがるので、九条自身で出来る食事も唯が一口ずつ食べさせていた。
 楽しい会話と明るい笑い声の絶えない病室だったが、時には限られた時間の切なさに、九条の肩に顔を埋めて涙を堪える唯の姿もあった。
 会えないまま別れるはずだったものが、これだけゆっくりと二人だけの時間を持てたのだから、感謝するべきだった。
 もちろん二人とも感謝していたが、肌を触れ合いお互いの温もりを感じられる幸せの一方で、別れの寂しさに心が軋むように痛んだ。

 それでも、あまり長くは渡航を引き延ばせなかった。
 全治はしないものの、動ける状態になった九条は、
「必ず帰ってくるからね。」
と、唯を抱き締めてキスをし、唯からの餞別として贈られた新しい指輪を胸に下げて、病院を後にした。
 そして、翌日、東郷の4人の兄弟と母親とともに遠い異国へと旅立って行った。

 寂しさに放心しがちな唯を、大河は夏休みのバイト先であるアメリカへ渡る為の荷造りへと追い立てた。
「必要な物は向こうで買えばいいじゃん。」
 唯はやる気が起きないように投げ遣りに言って溜息を吐いた。
「買い物してる時間があればいいけどな。けど、行ってみないことにはわからないだろ?・・ったく、いい加減、気持ちを切り替えろよ。」
「チェッ。・・・他人事だと思って・・・」
「俺だって彩香としばらく会えなくなるんだぞ。」
「・・・浮気のチャンスだって思ってるんじゃない?」
 唯が眇めた目を向けると、大河がギクリとしてからぎこちなく笑みを浮かべ、
「そんな野望はない。・・・多分・・・コホッ・・・」
 大河は咳払いをすると、せっせと荷造りに精を出した。
 そこへ買い物から帰ってきた冬馬が、
「郵便が届いてましたよ。」
と、唯に差し出した。
 差出人は拓磨だった。
 何をこんな面倒な手紙にするんだろう、と怪訝に思いながら封を開けた唯は、一枚の紙に絶句した。
「どうした?」
 大河が項垂れる唯に近付いて、紙をつまみ上げた。
「ゲッ・・・これって請求書かぁ?」
 封筒にはもう一枚メッセージの書かれた紙が入っていた。
 唯はそれも大河に見せた。
「ん?・・・”人助けとはお金がかかるものです。今回の費用。しっかりバイトしてお返し頂きましょう。―拓磨。”・・・ブブブッ・・ククッ・・・」
 大河は始め笑いを堪えていたが、その内たまらなくなって吹き出すと、大笑いを始めた。
「・・・ぅぅぅ・・・拓磨さんの意地悪ぅぅ・・・」
 唯は呻くように言うと、それまでやる気のなかった荷造りをムキになって始めた。
「ほぉー・・・やる気が出たのか?」
 大河がからかうように言う。
「バイトで払えきれるか!・・・もぉ・・・節約生活をするからな!」
「え?・・・って、おい。俺もか?」
「親友なら協力しろよ。」
「えぇーー・・・デートも出来なくなるのかよ?」
「・・・デートって・・・誰とだ?」
 唯が手を止め、片眉を寄せる。
「あ・・・いや。・・・まぁ、そーゆーこともあり得るという・・・ハハハッ。」
 唯は、やれやれ、と首を振ると、本気であれこれと荷物を部屋から持ってきて、詰め込み始めた。
 冬馬はその様子を微笑ましく眺めながら、さすが参謀のお灸は効くものだ、と楽しそうに顎を撫でた。