星の王子様〜夜間飛行〜南方郵便機〜人間の土地 他
サン デグジュペリ
現在東京銀行の車内広告にも使われているサン・デグジュペリ。「人間の連帯責任と愛を描く」との紹介文でした。「星の王子様」でよく知っていたこの作者の他の作品「夜間飛行」を読んだ時、王子様とのギャップと、生半可ではない「連帯責任」「愛」、それに対する登場人物、しいては作者の非凡な考え方がショッキングでした。
「夜間飛行」というのは夜間定期飛行便の会社に勤める人々の話で、この会社の支配人が非道なまでに厳しい。
天候による不可避な便の遅れでパイロットを罰したり、ミスに関係した人間を責任の大きさに関わらず解雇したり。その行動は一見不条理だけど、それにはきちんと彼なりの信念がある。
印象に残った支配人の考え方を一部抜粋しますと
「飛行便のあらゆる遅刻を一様に罰するのはもちろん不公平かもしれない。が配下の人員が休養に対する招待みたいに悪天候を喜ぶのを禁ずることによって、支配人は彼らに天候回復に対する熱望を与えた。さればこそ甲冑のように地球を囲んだ霧にちょっとでも隙間が出来るとそれを利用したものだ」と、
「僕は自分が公平だか不公平だかは知らない。ただ僕が罰しさえすれば事故は減少する」
この本の考え方には、まず、意表をつかれました。そして、深く納得させられました。「意表をつく」と「深く納得させる」を同時にやってくれる本というのは、あまり多くありません。つまり今まで全く理解出来なかった考え方を、ひとつ解き明かしてくれたということ。
「星の王子様」は、そんなサン・デグジュペリの思想の蒸留された部分を綴った童話のような気がします。王子様が、あまりに純粋で、儚げだから、その王子様の世界を支える土台がこんなに孤高の厳しさや信念や、危うさを含むなんて思いもよらなかった。それは当然予測される事だったろうに。
読後だと、「星の王子様」を、より一層深く理解出来るのではないでしょうか?
1994 Feb. 記
2001 Jun.
この本を読んだ時は、子供の頃、理解出来なかった小学校時代の先生の心の中を覗いたような気がして、とても嬉しかったのを覚えています。その先生は、とにかく殴る、取り敢えず殴る、無意味に殴る、あらゆる物で殴る大変な人でした。だけど私はその先生が嫌いではなく、その先生のクラスは、とても上手く纏まっていました。
「どうしてあの先生の学級が、あんなに雰囲気良かったのだろう」と大人になってから何度か振り返るに、その先生の言う事は至極マトモで、無意味に殴る時は分け隔てなく無差別に、叱る時も贔屓せずに、子供の顔を見ず、罪状で殴っていたなと。それゆえその先生の、"セーブの効いた、理性的な拳"はゲームであり、教育であり得たのでしょう。
子供というのはみんなで平等に殴られるという事に関しては、それほど嫌じゃなかったのかも知れません。・・・・・・話が逸れましたね。
余談ついでに
就職して何年目かについた先輩も、怒鳴る、キレる、暴れる人でした。理不尽な事で暴れられる度にこの本の事を思い出して、その先輩を恨まないで自己鍛錬に勤しんだお陰で仕事はバリバリになれたのですが、その先輩とは最後まで上手くいきませんでした。何年か経って出た結論。
「彼は彼として理解しなくてはならなかったのだ」
本で学んだ事がそのまま現実に通用するのは、ごくごく一部です。サン・デグジュペリを彼に押しつけて対策を取っていた私は、良くも悪くも相手の人間性を認めなかったという事に於いて「クラスメイトの**君って○○(キャラクター名)に似てる!!」って騒いでいる子供と変わりなかったんでしょうねぇ。