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■ 夏の夜 ■

「ごめんね、遅くなって!」
 息咳を切らしながらヒカリと太一が駆け寄ってくる。
 隣で手を振っていたタケルの手が一瞬止まったかと思うと、その手を再び大きく振り始めた。
 ヤマトは弟の視線の先にいるだろう人物がくるのを確認して、少しドキリとした。
 見慣れている相手なのに、その格好は見慣れていない。
 草履特有の足音をさせながらタケルとヤマトの前に現れた二人に、ヤマトはしばらくの間視線を投げかける事しか出来
なかった。弟が先に声を出したので、それをきっかけに自分も声をかける。
「ヒカリちゃん大丈夫?」
「遅かったな、太一」
 やっと止まって、胸を押さえながら呼吸を整えている二人。
 いつもと違うのは相手が浴衣だという事だった。
「ごめん、ちょっと支度に手間取っちゃって」
「ヒカリが風呂入るの長すぎるんだよ」
「お兄ちゃん!」
「なんだよ。ホントの事じゃんか」
「もう! あとに入ったのはお兄ちゃんでしょ。お兄ちゃんが遅いのが悪いのよ」
 兄妹喧嘩の一歩手前の会話を聞きながら、ヤマトがため息をつく。タケルがヒカリの方に寄っていって笑顔を向けると、
ヒカリの方も苦笑をしながら太一から視線を外して笑みを浮かべる。
(まったく…大人げないよな)
 そっぽを向いた太一に苦笑しながらも、歩み寄ってやった。
 その時、ふいに匂う柑橘系の匂いにドキリとした。
「なぁ、太一。お前何かつけてるのか?」
「何かって?」
 微かに香る香りが鼻孔をくすぐって、少し動揺してしまう。
 太一は不思議そうにして首を少し傾げたが、少しして理解したのか小さく声を漏らした。
「やっぱりわかる…か?」
「やっぱりって?」
「ヒカリのやつがお風呂にオイルいれちゃってさ。オレが入った後にしろって言ったのに聞かなくて。それで仕方なく入っ
たんだけど…」
「…なるほどな」
 しっかりと意識してるのか。
 ヒカリとタケルを見ながら、ヤマトは微かに口元に笑みを浮かべた。
 気がついたら、いつの間にか成長しているというわけだ。
 内心の複雑さを思っていると、太一が屈んで顔を覗き込んだ。悪戯な瞳の色を湛えているのを見て、ヤマトは少し憮然
とした表情になる。
「…なんだよ」
「いや、複雑そうだなぁって思ってさ」
「それはお前もだろ」
「オレ? オレはそうでもない…」
 そこで一端言葉を切って、太一はヤマトから少し離れて踵を返す。
「って言いたいけど、今回はヤマトと同じかもな」
「ほらみろ。やっぱり寂しいんじゃないか」
 苦笑すると、次の瞬間太一は微かに微笑んだ。 
 ヒカリが自分を磨き始めているのは、きっとタケルのせいだろう。
 今、タケルが笑みを向けているのは自分ではないという事実をヤマトは少し苦く感じてしまいながらも、同時に安心し始
めている自分にも気がついていた。
 守る者は確実に離れていく。
 それでも、自分から完全に離れていくのではない。
 寂しく感じてしまっていても、それは仕方のない事なのだ。
「他にもさ、タケルから電話があると妙に嬉しそうに長電話するし。朝からずっと洗面所とられるしでかなり俺的には迷惑
してるんだけどな」
「まぁ、それだけ一生懸命だって事だよ」
「それはそうかもしれないけど…、でもさぁ…」
「太一、お前って結構シスコンだよな」
 呆れて呟くと、相手の頬が赤くなっていく。
 どうやら図星をついたようだ。これでは人の事を言える立場ではないだろう。
 ヤマトはくすくすと声に出して笑うと、太一の腕を掴んだ。そしてそのまま心持ち自分の方に引き寄せる。
「わっ…!」
「っと」
 上手く、よろけた体をキャッチすると、そっと耳元に言葉を紡いだ。一瞬黙り込んだ太一だったが、ヤマトが笑いかけると
納得したのか体勢を整えて笑みを返した。
「まったく。オレっていい兄貴だよな」
「太一、自分で言うなよ…」
「いいじゃん、ホントの事なんだからさ。そうと決まったら、あいつらに言わなくちゃな」
 頷き合って微笑を交わすと、二人でほんの少し前を歩いている二人に話しかけた。
「なあ、俺達ちょっと向こうの方にいってるから、タケル達は適当に遊んでおいてくれないか?」
「どうしたの? お兄ちゃん」
「ちょっとこいつが、綿飴とリンゴ飴とカステラとフランクフルト欲しいって言ってるんだよ」
「ちょっ、ヤマト」
「という訳だから。一時間後ぐらいにここで待ち合わせな」
 あっけにとられている二人を置いて、未だに何か言いたげな太一の手を引っ張ってその場を後にする。
「ヤマト…」
「なんだよ」
「オレそんなに食べねーよ……」











 河原に立って水面を見つめる。遠くの方で祭りの音楽が聞こえてくるのを聞きながらぼんやりとしていると、太一が徐に
草履を脱ぎ始めた。
「なにしてるんだよ」
「ん、ちょっとな…。って、痛たかった〜っ」
 はぁっと肩で溜息をつき、眉をひそめた相手の視線の先を見ると、鼻緒が当たっていた所が赤く腫れていた。
「靴擦れ…っていうのかな、これも」
「知らねーよ…。でもすごく痛くってさ」
「馬鹿、なんでもっと早くに言わないんだよ」
「だって、楽しいのに水を差すの嫌だったから…」
 楽しい…。
 その言葉でヤマトも言葉に詰まってしまう。
 今までいろんな屋台に立ち寄って、二人でいろんなものを見ていたのだ。
 自分と同じ気持ちでいてくれた事に内心嬉しかった。
「でも、そんなになるまで歩かなくても…」
「いいじゃんか。久々にお前と二人だけだったから羽目はずしたんだよ」
 真っ赤になっていくのが、仄かに漏れてくる提灯の光のおかげで目に入ってくる。視線を外した相手を見て、ヤマトはそ
っと息をついて微笑みかけた。
(そういうヤツだよな、お前って)
 楽しいことがすごく好きで、その事に夢中になって。
 そしてそれを見ているとこっちまで嬉しくなってきてしまう。
「…久しぶりじゃんか、こうやって合うのって」
「太一?」
「だって、オレ達っていつも何かないと一緒にいれないから。学校では違うクラスだし、部活だって違う。だから前みたいに
一緒に帰る事だって少なくなったじゃない……か…」
 一気に捲し立てる様に紡がれていく言葉。
 次第に早くなっていき、最後には語尾が掠れて消えていく。
「そう…だった。忙しすぎてそんな事にも気がつかなかったな」
「ヤマトって昔から鈍感だから…」
 落とした言葉が弱くて消えてしまいそうだった。
 そっと太一の指先がヤマトの頬を捉えて輪郭をなぞっていった。その指を自分の手でそっと包み込むと、唇に手の甲を
持っていく。触れる肌の感触に心がざわりと騒ぎ出す。
 香る柑橘。
 明るく自信のある笑顔は姿を隠し、代わりに泣きそうな瞳が姿を現す。
「本当に…」
「…ヤマト?」
 持っている手を自分の方へ優しく引き寄せた。抵抗なく相手が自分の腕の中に収まっていった事に安堵しながら、そっ
と太一の顔を覗き込む。
「すまなかったな…」
「…まったくだぜ。オレの方がいーっつも損してるんだからな。ちょっとは反省しろ」
「してるさ…」
 太一の口元に笑みが浮かぶ。
「じゃあ、ゆるしてやる」
 微かに相手が背伸びをしたかと思うと、温かい温もりが唇を掠めていく。一瞬の感触に苦笑すると、今度は自分の方か
ら軽いキスを落とした。
「お詫び」
「…調子よすぎなんだよ」
 それでも離れようとしないのをいい事に、ヤマトは抱きしめる腕に力を込めた。
 たまには一緒に出かけよう。
 忙しいなんていい訳にしかならないから。
「あ、そろそろ戻らないとヒカリ達が…」
「その足で歩けるのかよ」
「あ…そうだった」
「俺が言ってきてやるから、太一は少し待ってろ。ここを動くなよ」
「え…? ちょっと、ヤマト!」
 太一を離れさすと、河原に座らせた。
 相手の声を背に受けながら、ヤマトはこれから長くなりそうな夜に思いを馳せていく。
「久しぶりなんだから、もうちょっとゆっくりしたいよな」
 これからタケル達に言う事を考えながら、ヤマトは足早に歩いていくのだった。


うきょ〜!佐恵子さ〜ん!!最高です!こんなステキックでラヴラヴなSS書けるなんてVv
もう二人の間には誰も割って入れませんわね、ヲホホ・・・。また舞台設定が夏祭りって
いうのがたまらんですバイ。(季節ネタに弱いワ・タ・シ・・・(きもィ))

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