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「どう言うことなんだ、これは。」 社長の坂巻は怒っているように鼻を鳴らすと、机の上に写真と早刷りの原稿のようなものを投げつけるように置いた。 木下は少し驚いたような顔で、目の前に座る坂巻の顔を見た。 「歌舞伎町だそうだ、なにか思い当たることは?というより、思い当たるもなにも、これは明らかにお前だよ、さやか。」 さやか、と呼ばれた少女は机の上に置かれた写真を見て、表情を固くした。 透き通るように白い肌から、血の気がうせ、伏目がちにうつむく彼女の長い睫毛が頬に影を落とす。 不機嫌そうに眉間にしわを寄せたままの坂巻、その問いかけにも、なんの言葉も発しないで、ただ俯くさやか…。業を煮やした坂巻は、その怒りの矛先を木下に向ける。 「お前がついていながら、なんだ、木下。どういう事だ、お前もなにも知らんのか、それとも…」 「はぁ…。」 木下はそんなイライラとした坂巻の問いかけに、多少恐縮した様子を見せながらも、他に何か気になることがあるようで、テーブルの上に置かれた写真を見つめていた。 そこには、人通りもまばらな街を寄り添うように歩く2人の人物が写っていた。一人は自分の横に座り黙りこくっている少女、さやかであることは、はっきりと分かる。それと分かるようなアングルで捉えることに、かなりの労力を要しました、と言わんばかりの写真だった。そのほかの点はイヤにあいまいで、ボケた写真だった。雨が降っていたのか、二人は一つの傘に寄り添うように入っている、その傘に少し隠れるように写っている、さやかより少し長身の人物に、木下は見覚えがあるような気がした。しかし、それが誰だったのか…。 黙りこくってなにも言わない木下に、坂巻は大仰にため息をついてみせる。 「さやか、お前だって分かってるんだろう、もっと気をつけてくれんと…というより、こいつは何者なんだ、業界関係者か?とにかく、今度やっとあのCTVからドラマの話が来たところなんだ、こんなことで余計な方向に話が向かうのは困るんだ。分かるだろう?とにかく…誰なんだ、この男―――」 「あぁ!」 言いかける坂巻を木下のあげた声がさえぎる。 なんだ?という風にぎろり、と目をむける坂巻に、木下は悪びれた風もなく笑いかける。 「どこかで見た事あると思ったんですよでも…。」 くすくすと笑い出す木下に、坂巻は眉をしかめる。 「なんだ、知っていたのか。何者だ。」 「えっと、なんていったかな…、前のドラマで一緒だったんじゃないかな?スタイリストか、持ち道具か…なんかそんなようなことやってましたよ。STAFFです。そういえば、さやかとも仲良くしてたのか…。そうならそうと早く言えばいいだろう、さやか。」 さやかに笑っていう木下だったが、相変らずさやかの表情は硬い。 「どういうことだ。」 いまいちその場が把握しきれていない状況で、坂巻が聞く。 「えー…なんだったか、ゆ、ゆう…」 「結城亜樹。」 さやかがポツリと言う。 「そうそう、結城っていう、スタイリストの卵かなんかです。女のこですよ!」 そう言って木下は笑った。 「!!?」 坂巻はその台詞に言葉を失って、慌てて机の上の写真を取り上げる。もう一度じっくり眺める。傘の影に隠れる人物の顔はよく分からないが、さやかより少し長身の体を心持ちかがめるようにして、同じ傘に収まる仕種は少年のように見えた。しかし、言われてみれば、すらりとした後ろ姿のようすや、腰の辺りのラインが、女のように見えなくも無い…。 「う〜〜む…。」 うなりながら、写真を見つめる坂巻の姿に木下は、苦笑を禁じえなかった。 「間違いありませんよ。確かに、見覚えがあると思ったんです。まあ、さやかがOFFで会うほどなかがよかったとは知りませんでしたけどね。」 「う〜〜ん…。」 まだ納得が行かないという感じの坂巻ではあった。 「さやかも人が悪い、そうならそうと早く言えよ、社長だって僕だって余計な心配しちゃうだろう?」 笑い混じりに言う木下に、しかし、さやかはさみしそうな微笑を返しただけだった。 「社長、まさかこれもう始末しちゃったんじゃないでしょうねえ。」 「ん?うむ…。いや、まだその、途中だ…。」 「じゃあ、後は僕がやっておきますよ。こんなことに金払う必要ない、何だったら記事出してもらっても構わないですよね。とんだ笑い話だ…。」 言って、木下は本当におかしそうに笑った。 一気に和んだその場の雰囲気にそぐわない様子で、傷心した様子でまだ、その写真を見つめている少女は、今や日本中で知らない人はいないだろう、といわれるほどの、アイドル高月さやかだった。去年の夏、モデルとして一般公募された某出版社の夏の読書キャンペーンで大賞に選ばれてから、あっという間にアイドルとして人気に火がついた。今年の年頭からのドラマ枠で、人気俳優の妹役として、病弱な少女の役を演じたのが、人気に拍車をかけた。今年に入ってから出したCDシングルも売れ行きは好調で、春からはラジオのレギュラーも抱え、秋には写真集の発売も計画されている。そして、秋からのドラマで、人気のCTVゴールデンのドラマ枠で、出演のオファーも来ていた。今の時期、事務所としてはスキャンダルは絶対に避けたいところだったので、心配が杞憂に終った坂巻は、いつものように、陽気で親切なオヤジさんにもどっていた。 「そうだな、意外にいいかもな、書かせるか、ははは。」 「そうですよ、ドラマ前だし、今度のアルバムの件もありますしね。露出度をあげるにはいい機会で―――」 「だめ!」 盛りあがりかける二人を意外に鋭い声で制したのは、さっきから黙りこくっていた、さやかだった。 驚くようにさやかを降り返る2人を見つめる眼差しは、しかし意外に真剣だった。 「お願い…します。亜樹ちゃん…お友達をこんなことに巻き込みたくないんです。」 その真剣な眼差しに、一瞬気おされたように、二人とも言葉を失った。 ☆☆☆ 「ええっ??」 思わず大声をあげてしまった私は慌てて周りを見まわした。 その話を聞かされたあたしは一瞬、目の前が真っ暗になったような気がした。 とにかくその場では、話を続ける状況ではなかった(仕事中だったし…)仕事が終わってから、会う約束を取りつけた。 しかし、その後はショックのあまり、仕事もなんだか手につかないようで、ちょっとしたミスをしてしまったりもした。仕事で借りていた洋服を返さなくてはならなかったりで、結局約束の場所にたどり着くのに、予想以上に時間がかかってしまった…。 はぁ…しかし、スキャンダルが売りの週間誌だなんて、自分には縁無い物だって思ってたのに…。アイドルの子と知り合いになると、こんなことも起きちゃうってことなんだなあ…。う〜〜、しかし、発売はされないはずだって、彼女言ってたけど、ホントに大丈夫かなぁ…。私は内心冷や汗をかいていた。 そんなこんなで、約束のお店についたときは、約束の時間を30分も過ぎてしまっていた。お店のドアを開け、店員に自分の名前を告げると、すぐに奥の部屋に通された。 「ごめん、遅れちゃったね…、イヤ〜でも参ったちゃったよ…。」 と、部屋の中にいる彼女に目をやった瞬間、私はどきりとした…。 少し広めの個室にぽつんと座った彼女は、とても心細げで、所在なさそうに自分を見上げていた。なんだか、彼女が小さく見えて、胸がぎゅっと締め付けられるようだった。 「ごめん――」 心から言いかけた言葉は、次の瞬間凍りついた。 泣いて…るの? ど、どどどうして? 私は慌てて、店員の方を降り返った。さすがにこういう店にいるだけあって、芸能人にもなれているんだろう、見て見ぬふりをしている。 「あの…」 言いかける私に、 「ご注文が決まったら、お呼びください」 部屋にある電話と、メニューを指し示すと、ドアを閉めて出ていった。 2人になった途端、急に空気が濃くなったような気がする…。相変らず、彼女は泣きそうな顔で私を見てる。私はこくりとつばを飲みこんだ。 「 … 。」 なんて言えばいいんだろう。言葉が思い浮かばない。 彼女が泣いてるなんて、全然想像してなかった…。 そりゃ、そうかも…。 彼女だって、いろいろ仕事に影響するかもしれないだろうし、アイドルとしては、スキャンダルなんて、致命的なんじゃないだろうか…。 とりあえず近くに寄ってみたものの、なんて声をかけていいか分からない。 「あ、えっと…、その…」 馬鹿みたいだ。 「ごめん、ごめんね…亜樹ちゃん。」 言うなり、彼女のきれいな瞳から涙がポロリと零れ落ちた…。 「あ、え?」 ごめんなんて、言われても…。きれいな曲線を描く彼女の頬を涙が伝うのを見ていた。 「泣かなくっていいよ。なんで、さやかちゃんが謝るの?」 「だって…!」 そう言うと、また彼女のほっぺたから涙の雫が落ちた。 そんな彼女を抱きしめたい衝動に駆られた、なんて不謹慎なんだろう、自分は…。そう思い、そっと手をのばして、彼女の肩に手を触れた。 びくりと体を震わせるさやかちゃんの肩をぽんぽんとたたく。 「大丈夫だよ。きっと…。」 なにが大丈夫なんだろ、自分でも陳腐な台詞だと思う…。何かもっと気の効いた事言えたらいいのに…。 でもその言葉に反応したさやかちゃんの口から、小さな嗚咽が漏れる。 「ごめん、ごめんなさい…」 急に目の前にいるのが小さな子供のようにみえてしまった、思わず肩を引き寄せて、抱きしめる。 一瞬驚いて硬直したさやかちゃんの腕がそっと、わたしの背中に回される。 「私こそ、ごめんね。でも大丈夫だよ、大丈夫だから…ね?」 そっと背中をさすってあげると、落ちついたのか、すこし息が緩やかになる。 「社長さんや、木下さんもいるんだから大丈夫だって…ね。」 胸の中で、こくりとうなずくさやかちゃん。 よかった…。だけど、その瞬間、彼女の顔が自分の胸に押し当てられてることに気付く。 ぼっと一気に赤くなってしまったのが自分でも分かった。 意識した途端、彼女の体温が体中に感じられた。バクバクバクバク…。心臓がすごい勢いで脈打ってる。うわ〜〜〜、恥ずかしい〜! わたしは慌てて立ち上がると、彼女から離れた。 「な、何か頼もう、お腹空いてない?」 なんだか妙に取り繕おうとしてる自分が滑稽だった。 自分の席に座り、メニューを広げながら、ちらりと彼女の方を見る。さやかちゃんも何故か真っ赤な顔で俯いている。 「さて、と。なに食べようかな、もうペコペコなんだ〜」 嘘だった…。 さっき店に入るまで感じていた空腹は、今はどこかに消し飛んでしまった。さやかちゃんの方が気になって、メニューの字すら目に入ってこない…。 さやかちゃん、今、日本中で知らない人はいないくらい有名なこの、高月さやかと知り合ったのは、私が前のクールで、やっていたドラマの中でだった。 私はスタイリストの見習で、アシスタントについている高木さんというスタイリストが、さやかちゃんの相手役の専属アシスタントをしていたという…、いうなれば、かなり希薄な関係ではあった。 スタジオの前室と呼ばれる、スタジオ前スペースでのおやつの準備という雑務や、役者さんがお芝居の中で身につける、時計やかばんなどの整理をしていたせいで、なんどか話す機会があった。はじめは、私もなれない世界だし、彼女は何しろ超有名だったので、かなり緊張していたような気がするけど、ある日、彼女もはじめてのドラマで、実はすごく緊張しているらしい、ということに気付いた。それ以来少しづつ、話すようになった。 ドラマの打上げのとき、かなり酔っていた私は、彼女の側にぴったりくっついて、管を巻いていたのをうっすらと覚えている。ずっと緊張を強いられていたので、あのときはすごい解放感にはじけていた。なんだかしつこく電話番号を交換しようとねだったらしく、(木さん談)翌日目覚めたときには、彼女の電話番号を書いた紙を、しっかりと握り締めていた。 しかし、本当にOFFの日に電話がかかって来たのにはビックリした。 どうして…というのもはばかられて、電話口で黙りこむ私に、『覚えていないんですか?』と彼女は聞いた。 何をどう覚えていないのか、とにかく赤面した私は、よくタレントさんにあるように、洋服選びのアドバイスかな…とか考えをめぐらせ、買い物に出かける約束をした。 そしてそのときに写真を撮られてしまったのだ…。 本当のところ、何がなんだかわからない…っていうのが事実だった。 わたしはメニューから顔を上げると、努めて冷静に…と思いながら彼女の方を見て、ぎょっとした。 少し睫毛に涙の雫の残る目で、彼女がじっとこちらを見ていたからだ。 「え、えっとぉ〜…」 声が裏返りそうになるのを必死で押さえる。 「何か決まった?おいしいの、あるの?」 彼女は首を振る、事務所関係で何度かつれてきてもらったことがある、と言った。 「でも、いつも自分では頼まないから…」 「そうか…」 事務所関係ってやっぱり接待だろうか…と心の隅で思いつつ、 「じゃあ、二人用のコースにしようか、ね?お酒も頼もう!じゃんじゃん飲んじゃおう!食べて、飲んで、すっきりするー!」 わざと少し明るめにいうと、彼女はやっとクスリと笑った。 ほら、やっぱ笑ったほうがかわいいのに…。 私は部屋の隅の電話で、オーダーすると、冷たい氷水とお絞りを持ってきてもらった。 「ほら、明日も仕事でしょ?目、腫れちゃったら大変だし。」 食事が運ばれてくるまでの間、氷水でまぶたを少し冷やした。 彼女はおとなしく、私がするままになっている。…不思議なことに、タオルで目を隠していると、なんだか少し話しやすかった。 いつもより、色んなことを話した。 彼女もいつもより色々話して、いつもよりちょっと、楽しそうに笑った。 そのあと運ばれてきた食事は、とてもたくさんの量で、二人では食べきれないほどあったけど、飲みながら、話しながら、おいしくて、楽しくて、あっという間に二人の胃袋に納まった。 「アイドルなのにー、こんなに食べちゃって、ダイジョウブなのかねえ…全国数万人のファンが泣くよぉ?」 「ダイジョーブです!私食べても太らないんだもん!」 微妙に世間の女の子を敵に回すような発言だった。そう言って、二人で笑った。 「そんだけいえるようなら、ダイジョウブだね。明日から、また頑張れるよ。」 彼女もこくりとうなづいた。 「ありがとう…。」 私なんて何もしてないのに…。 でも、彼女から電話をもらったときのような不安は消えてた。 マンプクで、穏やかな、気持ちだった。 店を出て、タクシーを拾うと、彼女を乗せた。私はまだ終電に間に合うので、電車で帰る、というと少しさみしそうな顔をした。 「なんだか結構遅くなっちゃったね、明日、仕事がんばってね。」 去り際のタクシーの窓から、顔を出して、彼女は小さな声で言った。 「また会えますよね?」 その声がなんだか心細くてさみしかったけど、笑って言った。 「いつでも。」 ホッとした表情で彼女が前を向き、タクシーは走り出した。 私はテールランプが見えなくなるまで、その場で見送っていた…。 <つづく…かもしれないデス> |
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この作品は多分、夏くらいに書き始めてたと思うんだけど、すっかり存在を忘れてまして…(^^;) ある日ファイルの整理をしてたら、『わるつ』っていうタイトルのファイル見つけて、 覗いてみたら、この作品だったのです。 自分で書いたんだろうか…っていうくらい見事に忘れてたけど(笑)、 うっすらと書いた記憶も残っているので(笑)私のでしょう。 ということで、書きかけのものに加筆しまして… しかし、これは長編になりそうかもしれないけど、そんなパワーもないので、 なんとか終らせてみました。 続きが書けそうなら、1話完結でぽつぽつ書いて行けたらなあ…なんて思ってマス。 この作品を機に、どっかに登録しようかなあ…とも思っています。 感想とか頂けたら、嬉しいです。 Jan 19, 2001 M.K |