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お笑い所感日記

このページは、このHPの筆者がお笑いについて思ったこと(私感)を語るだけ
のものです。ここは他のページにも増して自己満足度がかなり高いので、
面白くなかったり、引いてしまったりしたら、ゴメンナサイ。それだけです。

 

 

2001年6月3日ガブンチョライブへ贈る言葉

 

このサイトのライブレポや、クイズのページを見ていただいても分かるように、わたしは「ガブンチョLIVE」がとても好きでした。1999年9月の、baseよしもと開館と同時にガブンチョLIVEもスタートして以来1年9か月、ほとんどの月曜日に「ガブンチョLIVE」「ガブンチョWAR」「ガブンチョスペシャル」は行なわれてきて、これから先も続いていきます。わたしはこれまで、そのうちのほとんどを観てきてしまいました。1年9か月だから、70回か80回くらいガブンチョは行なわれてきたのかな?結局そのうち、5回しか休まなかった・・・(^^;(ただしこれ以外に、大遅刻してほとんど観られなかったのが2回ありますが)。「微妙に飽き性」のわたしが、よくもこれほど観続けてきたものだと思います。

 

初期の頃・・・99年中のガブンチョライブは、客席もガラガラで、客席の半分しか埋まってないときもたびたびあったほどでした。出演していた芸人さんが、毎週ライブが終わったあと、次の週のチケットを一生懸命手売りしていた姿は、あの頃のガブンチョの風物詩みたいだったな、と思います。あの頃はガブンチョのチケットをぴあで買ったことなんかなかったし、ぴあで買ってもいいことなんかないや、と思っていました。今では即刻ソールドアウトの「ガブンチョWAR」のチケットでさえも、手売り・整理番号が当たり前でした。でも、ライブ自体はけっこう熱くて、わたしはガブンチョを数回観て、彼らのパワーにすっかり虜になってしまっていたなと思います。

 

もともと、毎月オーディションにかけられる(ガブンチョWARを戦わなくてはならない)には値しない実力と実績のあるコンビばかりが初期のガブンチョメンバーでした。ランディーズやストリークは2丁目では既にレギュラーメンバーだったし、ビッキーズ・チュートリアル・ブラックマヨネーズ・ロザン・3児なども、ガブンチョの前身「お笑い下剋上」ではオーディション組ではなかったし、まぁフットボールアワーだけは組み直しだからガブンチョ組に入れられても仕方ないのかな、とある程度は思いましたが、実力は前のコンビで折り紙付きだったし・・・
そんなメンバーが、baseになってレギュラーメンバーよりの下のランクで始めさせられたわけだから、きっと実力に反骨精神も加わって、「自分たちがガブンチョライブを盛り上げて行こう」という気概が、あの頃のガブンチョを引っ張っていたのだと思います。だから、お客さんは少なくても、あんなに夢中にさせられたんだろうと思います。
この上記のメンバー、ランディーズ、ビッキーズ、フットボールアワー、ブラックマヨネーズ、3児、ロザン、チュートリアル、ストリークに、レイザーラモン、君と僕を加えた10組が、わたしの永遠のガブンチョベストメンバーです。結局、この10組が勢揃いすることはありませんでしたが・・・。

 

そんな風に思っていたメンバーだから、ガブンチョからの初めての「卒業」は、00年4月のランディーズではなく、99年12月、3児の解散だったと思います。WARで落ちた人はまた戻ってこられるけれど、もう2度とガブンチョで観られない、という意味では、3児も卒業だったなと思います。ガブンチョ以外でももう観られないけども・・・。
あれはショックでした・・・やっとお客さんも増えてきて、ガブンチョ自体も波に乗ってきて、何よりも3児がすごく面白くなってきていたところだったから・・・3児の誰かが居るか居ないかでは、コーナーの盛り上がりかたが全然違っていたし、ネタもとても面白かったし・・・結局、こんな風にしてガブンチョを自ら離れていったのは、この3児と、あと同時期に解散した棟梁の2組だけでした。この2組が今も居たら、ガブンチョはどうなっていたのかな、と今でも思います。

 

年が明けて2000年から、ガブンチョ人気にやっと火がついてきた感がありました。ガブンチョで賞を独占したABC(お笑い新人グランプリ)効果もあったのでしょうか?WAR以外で立ち見が出たのを初めて見たのも1月だったような記憶があります。そして初めて自分が座れなかったのが3月(笑)←根に持っているので覚えてる。
GAORAでガブンチョの特番が組まれたり、まだガブンチョメンバーだったフットボールアワーが初めてオンストのパーソナリティになったり、同じくフットボールアワーがガブンチョから卒業しないままソロイベントを行なったり・・・4月にランディーズの卒業を迎えるころには、ガブンチョは超満員の、中から観ても外から見ても熱いイベントになっていました。

 

余談ですが、ランディーズが卒業したあとのガブンチョは、パッと見て分かるほどお客さんが減っていたのがなんだかすごいなと思っていました。たぶん100人くらい抜けたと思う・・・。この後いろんなコンビが卒業していったけど、これだけたくさんのお客さんを引き連れて卒業したコンビは居なかったので、すごく印象に残っています。

 

その後・・・
2000年8月、フットボールアワーがガブンチョ1周年と同時に満を持しての卒業。
その1か月後にビッキーズが本人たちも戸惑うくらいの突然の卒業。
2001年2月、ロザンが若干遅すぎたくらいの卒業。最後の挨拶での菅くんの涙が印象的でした。
その1か月後にはチュートリアルが卒業。
5月にはブラックマヨネーズが、WARで落ちた経験のあるコンビでは初の卒業・・・

 

ガブンチョからの卒業は、そのコンビのことだけを考えたら発展的な素晴らしいことで、もう毎月WARの順位に悩まされなくても済むし、毎週強制的に新ネタを考えさせられなくなるし、しかもガブンチョで培った人気はそのままで、ガブンチョに費やしていたパワーをソロイベントや他の仕事に使えるし、悪いことなんか何ひとつないことだと思います。上記のガブンチョOBたちが、1組残らず活躍しているのがその証拠。

 

それでも、ガブンチョ卒業があると、なんともいえない寂しい気持ちになっていたこともたしかでした。まだ、最初のランディーズやフットボールアワーのときはよかった。まだたくさん見たいコンビが残ってたから。でも、ビッキーが抜け、ロザンが抜け、チュートリが抜け・・・「またガブンチョの見どころがひとつ減った」と思うと、自分がガブンチョにかよっている意味が少しずつなくなっていくのを感じていました・・・。だから、今回のブラックマヨネーズの卒業で、わたしも毎週ガブンチョに行くのは卒業しようと思ったんです。

 

ガブンチョライブは、これからが本当の意味で「若手のライブ」になったなと思います。ここでまた、熱いパワーを発揮して、また夢中になれるようなライブになっていってほしいです。そうなったら、わたしもまた、観に行きたいなと思います。

 

 

・・・結局わたしがこの日記で書きたかったのは、自分が観てきたガブンチョの想い出話かもしれません。付き合っていただいたかた、どうもありがとうございました。この1年9か月で、自分が何が好きで何が嫌いかもはっきり分かった。いろんな意味で、有意義なライブだったなと思います。

(ちなみにタイトルは、ガブンチョ卒業コンビが出たときにガブンチョライブで組まれるコーナータイトルをもじりました。)

 

 

過去の日記

2001年1月6日
1999年4月11日
1999年2月13日
1998年12月10日

 

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