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夏の夢


ある夏の暑い夜。
心地よい風を全身に受けて、
湾岸沿いを走るバイクが一台。
対向車線の遠く向こう側で何故か
フラフラと危なげに走る車が見える。
「危ないな・・・」
バイクに跨る少年は呟いた。
少しスピードを落としつつも
焦る気持ちでいっぱいだった。
危なげな車はなおもフラフラと蛇行し続け、
バイクとすれ違うその瞬間。
少年が「あっ」と方向を変える暇も無い速さで
車がバイクに向かって突っ込んできた。
少年の身体は星空の下宙に浮いた。
そして電柱に頭から激突。
車両側の飲酒運転による事故。
少年はまだ15歳で無免許。
即死だった。

1年。
兄の事故からもうすぐ1年。
事故直後は学校や世間でも問題になっていたが
もう、そんな事故のことなど忘れてしまったかのような毎日。
兄はあの事故の夜、彼女に会いに行くと言っていた。
彼女が誕生日で絶対今日中にプレゼントを渡すのだと。
もし、あの日兄が焦っていなければ
事故にはならなかったかも知れない。
もし、彼女が昼間兄と会っていれば・・・・・。
もう、やめよう。
終わってしまったことだ。
今さら彼女を責めたって兄が戻ってくるわけではない。
だけど、どうしても許せない。
兄の彼女だった「相原 綾乃」の事。

「梨恵ー!遅刻するわよ!今日から高校生なんだからね!」
「解ってるよ、お母さん。」
私はコップに牛乳を注ぎながら答える。
「それと、今日は・・早く帰ってきなさいね」
「・・うん。」
今日は、兄の命日。
一年前の今日。
お兄ちゃんも私と同じ高校に通うはずだった。
なのに、入学式なのに風邪をひき欠席。
そしてその夜、事故であっという間に逝ってしまった。
「行ってきます、お兄ちゃん」
私は兄の遺影にそういうと学校に向かった。

入学式。
長々と校長先生が話している。
退屈な時間が過ぎる。
そして、式も終わり私は教室へと向かった。
「梨恵、同じクラスだね」
「あ、葉菜ちゃん。うん、良かったね」
中学からの親友。
倉本葉菜。
葉菜ちゃんは兄のことが好きだった。
でも、彼女が居るからとずっと思い続けてるだけだった。
「・・篤史さん、今日命日だね」
「・・うん。」
淋しげにそう言う葉菜ちゃん。
今にも泣きそうだった。
「私、お線香あげにいっていいかな・・」
「何言ってるの?良いに決まってるでしょ」
私がそういうと葉菜ちゃんは
ほっとしたように笑顔を見せた。
兄の彼女が葉菜ちゃんだったら。
死なずにすんだかもしれない。
キンコン・・カンコン・・・
始業を知らす鐘が鳴り響いた。

放課後。
私は高校の近くの花屋さんに立ち寄った。
兄が亡くなったあの事故現場へ
花を手向けに行こうと思っていたから。
「あらぁ?あなたも菊の花束?」
店員が妙なことを言い出す。
「さっきも菊の花束を買っていった学生さんがいたのよ」
・・・。
兄の命日に、菊の花束。
誰だろう。
ううん、だれか他の人に持っていく花束かも知れない。
兄とは関係ないはずだ。
「ありがとうございました」
私は花束を受け取ると兄の最期の場所に向かった。
心なしか足取りが重かった。

「あ・・・」
昼間は車の量が多いこの湾岸道路。
そのため人は滅多にここを通らない。
それなのに。
兄が激突した電柱の前。
一人の学生が立っていた。
「・・綾乃・・さん・・・」
その手には菊の花束が握られていた。
私は何故か苛立っていた。
綾乃さんがあの日・・・。
あの日兄と会っていれば・・・・。
私は走り出していた。
「・・・あ・・」
綾乃さんも私の存在に気づき声をあげた。
私は綾乃さんの前に立ち、
花束を取り上げた。
「梨恵ちゃ・・」
「何しに来たの?!」
私はもう止まらなかった。
涙が止めどなく溢れてきて。
「待って・・話を聞いて・・・」
「話?あなたの話なんて聞きたくない!」
私は取り上げた花束を地面に叩き付けた。
「・・・」
「今さら何?兄に謝りに来たの?!」
綾乃さんは何も言わなかった。
「あの日、風邪を引いた兄はあなたに電話したよね?
渡したい物があるから家まで来てくれないかって」
「・・・」
「だけど、その時あなた断ったでしょ?
今友達と居るからいけないって」
それでも綾乃さんはずっと黙っていた。
「私知ってるの、あの時あなたは男の子と一緒にいた!2人きりで!
兄の誘いを断って他の男の子と一緒にいたんでしょ!?」
その事は、友達から聞いたのだ。
綾乃さんはあの日、他の男の子と手を繋いで
映画館に入っていったんだって。
「・・・」
綾乃さんは俯いてただ、黙ってた。
「しかも、夜中に電話かけてきて
渡したい物あるなら今から来てって・・兄は風邪引いてたのに!」
「違う・・私風邪引いてる何て知らなかった・・・」
「そんなの関係ない!あなたは兄を裏切ってた・・
それなのに・・平気な顔で兄と付き合って・・」
私はその場に蹲って泣いた。
兄は何も知らずに逝ってしまった。
綾乃さんのこと信じたまま。
きっと、幸せなまま・・・・。
「ねぇ・・・梨恵ちゃん・・私ね・・・篤史君のこと裏切ってないよ・・」
「・・?何?今頃そんなこといってもお兄ちゃんは・・・」
「あの日・・私ね・・前々からしつこかった人にちゃんと断ろうと思って
・・男の子と2人で逢ってたって言うのは本当よ・・・。
でもね・・、私篤史君のこと好きだから・・断ったの。本当よ」
「え・・・・」
「あの夜だって私が行くって言ったら危ないからオレが行くって・・
誕生日だったから・・逢いたかったから・・私・・早く来てねって・・・」
そういい終えた綾乃さんの目からは涙がこぼれてた。
もしかしたら嘘かも知れない。
「でも・・・告別式にも参加・・しなかったじゃない・・・」
「行けなかったの!私のせいかもしれないって・・・
怖くて・・信じられなくて・・・・篤史君が居なくなったなんて・・」
綾乃さんはそのまま泣き崩れた。
私・・誤解していたの・・・?
兄は綾乃さんのワガママに振り回されて
死んでしまったって・・・・。
本当は違うの・・・?
「ごめんね・・梨恵ちゃん・・・それでもやっぱり私のせいだよね・・」
「綾乃さん・・・・」
「でも、信じて・・・私・・篤史君のこ・・と好きだったよ」
私は持っていた花束を綾乃さんに手渡した。
「梨恵・・ちゃ・・」
そして、何も言わずにその場を立ち去った。

家に帰ると私は兄の遺影の前で座り込んだ。
「お兄ちゃん・・・」
写真の中の兄は笑ってた。
「梨恵?帰ったの?さっき葉菜ちゃん来てたわよ。梨恵!?」
瞼を腫らして
泣き続ける私を見て母は驚いていた。
「どうしたの?」
「お母さん・・私・・・どうしよう・・・」
私は母の胸にすがり泣きわめいた。
「酷いこと言っちゃった・・綾乃さん何も悪くないのに・・・」
「梨恵・・」
母は私の身体を抱きしめてくれた。
「大丈夫よ。綾乃さん、解ってくれるわよ」
「でも・・・・でも・・・・」
母は、私の頭を撫でながら話し出す。
「梨恵、あなたにはずっと黙っていたんだけどね・・」
「・・・何?」
「篤史のお葬式の次の日、綾乃さん家に来たのよ」
「え・・・?」
「篤史が死んだのは私のせいだって・・ごめんなさいって。
お線香あげて、泣きながら帰っていったわ」
綾乃さん・・・。
来てたんだ・・・。
それなのに・・私・・・。
「綾乃さんの・・せいじゃないのよ。ね?梨恵」
「・・・うん・・・」
謝らなきゃ!
私・・・・。
綾乃さんに謝りに行かなきゃ・・・・。
「篤史は・・幸せよね・・。」
「え・・?」
母の思いがけない一言。
私は驚いて顔を上げた。
「素敵な彼女に愛されて、可愛い妹がいて、私が居て・・・」
母の目は兄の遺影に向いていた。
「本当に幸せなまま天国に行ったのよ」
「お母さん・・・」
私は立ち上がった。
そして兄の遺影を見つめた。
お兄ちゃんが最期に恋した人だもの。
私、本当は解ってたのかもしれない。
綾乃さんのせいなんかじゃないって事。
それなのに、誰かのせいにしたくて・・・。
そうすることで自分の苦しさを軽くできる気がして。
「梨恵??」
私は気が付いたら家を飛び出してた。
謝らなきゃ。
綾乃さんに。
そして、言わなきゃ。
「ありがとう」
って。
もう日が暮れ始めている。
足取りは軽い。
あの夜と同じように暑くなりそうだ。


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